2021/05/12

小さな苦しみor大きな苦しみ

 

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自分の願望を叶えようとすれば困難が訪れます。苦労だったり、葛藤だったり、悲しみだったり。

けれどもそれらの苦しみからはたった一つの思考によって即座に解放されます。『諦める』ことによって。

己の願望を手放した瞬間、全ての苦しみは消え去る。どんな出来事もすべて受け入れる。抗うことも逆らうこともしない。あらゆる意思を放棄する。お釈迦様曰く、すべての煩悩を捨て去ればこの世の一切の苦しみから解放されるらしいので。

ただそうすると、今度は別の小さな苦しみがやってきます。『退屈』という。

数年前に「健康」を深く追求していた時に、究極的には人間は食べない方がいいという一つの理論に出会いました。それはうちの妻を含め、多くの人にとってはとてつもない苦しみとの闘いになるそうですが、自身の思考と目的が健康へと完全にフォーカスされていれば、そんな精神状態にはなりません。片岡鶴太郎さんのようなあの状態が「心地よい」と真に感じられたなら、己の煩悩と闘うこともなくなります。なぜならその状態の時は、煩悩とは、心地よさを破壊する「毒」以外の何物でもないからです。

そのような生活を実践していると、たしかに煩悩に苦しむことはなくなるのですが、ただひたすらに退屈な日々がやってきます。何の欲望も湧いてこないので、何もやることがない。

そんなに食べなくてもいいし、欲しいものも手にしたいものも別にないので、お金がまったく必要なくなります。家庭菜園なんてやりだしたらいよいよ。無理して働く必要もないだろうと。ただ生きていることそれ自体が幸福なのだと。

退屈という小さな苦しみに耐えられるのならば、そのような”極ミニマリスト生活”は、至上の幸福を感じられるライフスタイルなのだろうと思います。

 

 

人の価値観はそれぞれ。僕の場合は、大きな苦しみを味わいながら願望を追う人生を選択します。

なぜなら「体験」こそが、自分の人生にとっての最大の価値だからです。

自分はこの世を体験するために生きている。自分が求める体験を得るために苦悩し、葛藤し、そして死にたいほど苦しい思いをする。

けれども、生じた出来事、築いた人間関係、そして手にした結果、それらすべてと向き合うことで、様々な感情を体験することができる。他人の人生を理解することができたり、相手に対する思いやりを学ぶことができたり。その時には、大きな苦しみなんてゆうに超えるほどの極上の幸福感を得ることができます。

だから僕は、これからも自分の願望を追い続けます。

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