2020/08/03

憎悪に支配される

 

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『侮辱』について・・

今日まで10日間侮辱について書いてきたが、
このテーマもこれで最後にしようと思う。

自分の人生を振り返ってみると、
何かに反発する気持ちが大きなエネルギーとなっていた。

たくさん侮辱されてきた。

たくさん見下されてきた。

たくさん馬鹿にされてきた。

その度に僕は負けるものかと、
相手に対して強い反発の意思を示してきた。

なかには反発する気持ちを超え、
相手に対して殺意を抱いたこともあった。

夢にまででてくるほど相手を憎み、
どうやって復讐するかばかりを考えていた。

コイツを殺してやりたいという強い憎悪が、
いつも僕の心を支配していたのだ。

ただその頃の自分は、何をしていても楽しくなかった。

どんな体験をしても気持ちが反応しなかったのだ。

綺麗な花火を見ても何も感じなかったし、
美味しい物を食べても大して美味くないと感じた。

人間愛を描いた映画を観ると、
妙に可笑しくて鼻で笑ってしまった。

いつからか、素直な気持ちを見失ってしまったのだ。

そういう人生を過ごしてみて、ある時僕はこう思った。

「自分の人生が可哀想だな」

ずっと憎悪の気持ちを抱えて生きていると、
その間は心が憎悪に支配されてしまう。

するとその”期間中”を振り返ってみた時に、
まるで何かが抜け落ちてしまったみたいに何も思い出せないのだ。

「憎んでいた」ただ、その思い出しか残っていない。

損得感情で考えると、単純にそれは勿体ないのだ。

”どうして憎んでいる相手のせいで自分が損をしなければいけないんだ”

そう思うと段々と腹が立ってきて、
「もうアイツの事はどうでもいいや」
と僕は憎悪の気持ちを手放すことにした。

憎悪は結局、新たな憎悪を生み出すだけなのだと気付いた。

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