2020/10/19

戦争が起きる要素「みんなの敵」

 

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テーマ:戦争

 

どこの世界にもイヤな奴はいる。

自分勝手で、傲慢で、無慈悲で、
利益を得るためには手段を選ばない奴。

きっと誰もが過去に一度はそのような人物に出会ったことがあるだろう。

会社でいえば全員から毛嫌いされているような人間だ。

不思議なもので、得てして当の本人は、
自分が嫌われていることに気づいていないか、
もしくは嫌われていようが関係ないという態度でいる場合が多い。

もはや半分開き直っているようにも見える。

ただ、これもまた不思議なもので、
そういう『みんなの敵』が一人いると、
他の人間たちの間には妙な団結力が生まれる。

例えば、みんなの敵に関する話題の時だけは、
普段あまり仲が良くない相手とも談笑できる。

「ほら見て。またアイツがやってますよ」
「うわっ、ホントだ。マジ最悪だよね」

とくにお互いがもつ嫌悪感を確認し合わずとも、
自然と”アイツ”に対する認識は一致する。

なにせ、みんなから嫌われているのだ。

いちいち「アイツって誰のこと?」なんて確認は必要がない。

会社内で「誰が悪者なのか?」はハッキリしているのだし、
わざわざ敵・味方の区別を明確化する必要がないのだ。

既にそこには、合意書なしで締結された、
目には見えない”同盟関係”が築かれているのだから・・

 

 

みんなが嫌いな相手が一人いると、
他の人間たちの間には強い団結力が生まれる。

その理由が個人的なものではなく、
「みんなの生活」を脅かすような事情ならば尚更のことだ。

ソイツがいるせいで他のみんなが不利益を被ることになり、
ソイツだけが利益を独占するような状況。

自分たちが今現在そのような状況に置かれているのならば、
みんなの問題を解決するために、みんなで団結してやってやろうと思うのは自然なことだ。

 

そう、「敵の排除」を・・

 

これが会社から地球の話になった時に戦争が始まる。

たとえ生活スタイルや文化が違っていても、
地球規模で考えれば世界中の人々は共同生活を送っているといえる。

共同生活には当然、ルールがある。

それが明示されていようがいまいが、
道徳的に考えてやっていい事と悪い事がある。

その暗黙のルールを平気で破るような秩序のない国があるのなら、
この世界から排除した方がいいと考えるのは自然な思考かもしれない。

おそらく誰も反対なんてしない。

実際に自分たちが”そのボタン”を押すわけではないのだし。

下手をするとどんな手段を使おうが構わないと思うかもしれない。

なぜならどんな残虐な手段で敵を排除したとしても、
そのことについて自分たちが罪悪感を感じることはないのだから。

 

 

この世界にみんなの敵が出現すると戦争は起きる。

その事実を知ってると、世界事情を見る目も変わってくる。

どうしてあの国は世界中から嫌われているのだろうか?
どうして各国の首相はこぞってあの問題の発生源を突き止めようとしているのだろうか?
どうしてあの国産の品質は最悪だとニュースでしきりに報道するのだろうか?

 

もしかすると、それは、
「みんなの敵が誰なのか?」をハッキリさせようとしているのかもしれない・・

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