2021/08/23
才能は毒素
『人生に意味は無い』
これは過去の書籍にも書いたことだ。
人は、
「なんのために生まれたのだろう?」
とか、
「なんのために生きるのだろう?」
などと一生懸命に自分の人生に意味を見出そうとする。
見つかるまでその意味を探し続ける。
だけどそんなものは一生見つからない。
なぜなら最初から意味など無いのだから。
この結論は希望を生み出すのか?
それとも絶望を生み出すのか?
もしも何かに悩み、囚われ、
理不尽と戦っている者からすれば、
希望を生み出す可能性がある。
「僕たちは自由でいい」
そう思えるだけで、
苦悩から解放されることもあるからだ。
けれど何かを創作し、
この世に生み出す者からすれば、
絶望に感じてしまうかもしれない。
「僕たちの活動に意味はない」
そう思ったら、
もう何もかもが無駄に思えてしまうからだ。
意味が無いのになぜ作る?
意味が無いのになぜ悩む?
もはや”最初の動機”すらボヤけてしまいそうだ。
例えば、自分で考えようとしなくても
思いついてしまうことが才能だとしたら、
その才能にも意味は無いのだろうか?
生み出された発想にも意味は無いのだろうか?
だったらどうして思いつくのだ?
やはりそれも、”意味は無い”に落ち着くのか・・
だけどたとえ意味が無いのだとしても、
思いついたならば形にすればいいのかもしれない。
いや、やっぱり形にしないとしょうがない。
だって次から次へと思いつくのだから。
逐一、身体から出していかないと、
毒素みたいに溜まっていくだけだから。
そうか、毒素か・・
毒素みたいなものだ、ある意味。
ジャンキーなのだ。
ジャンクフードは身体に悪いことがわかっていても
どうしても食べたくなってしまう。
そんなことをしたら身体に毒素が溜まっていってしまうのに・・
わかってはいるけど、辞められない。
それが性だ。
最後まで付き合ってやろうじゃないか。
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