捨てなければ何も拾えない

 

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うまくいかないなぁ。

小説の方はがぜん調子をつかんできたけど、この日々のメッセージの方はどうもしっくりこない。なんか、違うんだよなあ。

電子書籍を出版した初期の頃、身体のニオイに関する話をしていて、そして「開き直ろう」というメッセージを発信していました。youtubeも活用したりして。

それを2年くらい続けて、書籍も少しずつ売れるようになり、何通かメッセージまでいただけるようになりました。ようやく自分の存在意義が感じられ、本当に嬉しかったのを覚えています。

けれども「もっと多くの人に影響を与えられるようになりたい」と自分の欲深い本能が目を覚まし、ただの素人から「作家」へと自身をあらためました。文字通り作家としてメッセージを発信するようになったわけです。

すると、これまで読んでくれていた読者が次々と離れていき、それにともなって電子書籍の売り上げも落ちていきました。また作家として出版した電子書籍はまったく売れず。それでも意地で毎月出版続けたものの、まったく鳴かず飛ばずの日々がずっと続きました。

それから最後の電子書籍を出版した頃にウィルスがこの世界を席巻し、自身の発信するメッセージにブレが生まれ、毎月出版がストップ。自分と向き合う、長い洞窟をひたすら歩くような日々が続いた末、「ありのままの自分でいいんだ」と力を抜けるようになった。そのおかげか、電子書籍の売り上げも多少回復しました。

しかし、ありのままの自分は「我が道をゆく」という人間であることが分かってから、再び自身の発信するメッセージに難儀するようになってきました。そう、なんか違うんだよなあ。

我が道をゆく、といえど、自分の言いたいことをただ放言してても意味がない。そんなの誰が読みたいんだよ、という話。我が道をゆく自分が、読む人にどんな価値を提供できるのか? ということを考えないと独りよがりな文章になってしまう。それは自分が望む作家像ではない。

などと、最近はただただ悩みながら、日々のこのメッセージを配信しています。

 

 

ただ、一つだけハッキリしていることがあります。

『過去の自分には戻らない』ということです。

どれだけ今がうまくいっていなくとも、良かった頃の自分に戻って、再びその自分になってメッセージを発信することだけは、絶対にしない。

そんなの、意味がない。すべては”あれがあったからこうなった”という話で、これまでの自分のやってきたことの積み重ねが、今の大矢慎吾という作家を作りだしたのだから。

戻ったところで、既に見た景色が延々と続くだけ。退屈という心の安定が訪れるだけ。そんな人生の何が面白いというのか。

死ねなかった中学3年の頃に僕は決めました。

”絶対に、自分のやりたいことだけをやって生きてやる”

だから過去の成功にしがみついて退屈な作家人生を送るなんてこと、絶対にしません。

 

 

これまで数々の成功を捨ててきました。

引きこもりから脱出しそれなりの生き方を手にしましたが、本当の自分を見つけに一人大阪に行くために地元との繋がりを捨てました。

不動産の営業マンをやっていた頃は24歳で月50万近い給料を貰っていましたが、公認会計士試験に挑戦するために捨てました。

自分なりの勉強法を確立して公認会計士の一次試験に合格できましたが、自身で人生を切り開く起業家になるために、あと一回の二次試験の挑戦権を捨てました。

起業家として年商3000万円規模の事業を築きあげましたが、本で人の人生に影響を与える作家になるために自身の会社を捨てました。

所有することに意味はない。しがみつこうとすれば依存してしまう。どうせあの世には何も持っていけない。すべては単なるまやかしに過ぎないのだ。

この世にとらわれなければ、僕たちは死ぬまで、いくらでも人生を変えることはできる。

手放す勇気を、決して、失ってはいけない。

 

というわけで、しばらくこのメッセージは迷走を続けると思います。

そんなエゴに付き合う気はない、と思うでしょうが、奇人がまた変なことやってらあ、という感じで楽しんでもらえたらと思っています。

こうしてジタバタもがいているのも含めて、僕は作家なのです。

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