2022/06/29

政治思想の探究衝動が止まらない

 

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子供の頃から興味の対象が周りと大きく違っていた。ミニ四駆に夢中になる友達を尻目に小説の世界に浸り、周りが受験勉強に勤しむさなか松本人志のコントに夢中になった。

ひねくれていたという性向も大いにあるが、周りがそうしているからという無言の圧力に屈するのがなんだか嫌だった。それは敗北ではないものの諦めの姿勢ではないかと。ミニ四駆なんてただのプラスチック、受験勉強に励むべき必要性が感じられない。自分から見ると中途半端に迎合する姿勢も多分に見受けられた。参加には同意するが積極的には従わない、といった様子で。

徹底した不参加を貫くのが自分の主張であり、かつ、権力との闘争だった。誰を相手にしているのかも判然とせぬまま。

きっと誰でもないのだろう。そうすることで〝自分は負けてない〟と何も持ち得ない自己を肯定することができた。おかげで友人関係や学歴などあらゆる機会を喪失してきたわけだけど。完全なる自業自得である。ただ、自己責任を好む自分にとっては後悔なき青春時代となった。

今は純粋なる好奇心によって政治哲学書を読んでいる。今回のジョン・ロック「市民政府論」なんかがまさにそれ。

歴史を創起からたどっていくと17〜18世紀あたりに欧米各地で革命が相次いで起こっていることに気がつく。専制君主から民主制へと移行するための戦い。その革命運動で掲げられた思想の起源となったのが、このジョン・ロックの〝市民政府〟という考え方であると云われている。そんなのは常識らしいがいかんせん、思春期を闘争に捧げていた自分には到底知り得ないことだった。

明日は「リヴァイアサン(ホッブズ)」も読んでみる予定。どうやらこの訳のわからない政治思想の探究衝動はまだしばらく続きそうである。

はぁ。まったく、困惑するしかない。最終的には創作活動にちゃんとつながるのかなぁ⋯⋯?

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