2022/11/29

文体の教科書、志賀直哉

 

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文明開花が起こって以降、西欧の文化が続々と流入するや、極東の島国における文芸はにわかに活気を帯びていく。

その端緒となったのは自然主義文学。

出自による身分差別という旧制度の名残を写実によりくっきりと描き出した島崎藤村の破戒に始まり、うら若い近縁の女性に対する中年男性の非道徳な恋心を綴った田山花袋の蒲団、ロマン主義の詩人から転身した国木田独歩の春の鳥などの作品群により、それは新時代に向けて歩を進めたこの国の中心的な文学として定着した。いわばこれが日本の近代文学の始まりであったともいわれている。

ところが兎角センシティブで現実的な事象の描写に終始したかの作品群は、〝いかにも表現を狭小せしめる〟として他の作家らの反発を買い、対抗する勢力によって次第にその影響力を落としていった。その天下は諸外国に比してすこぶる短命であったといわれている。

この自然主義文学に立ち代わって次なる台頭となったのが「白樺派」。

その影響は作家ら自らが刊行する白樺という雑誌によって振るわれたのだという。当時は自主発行の刊行物がいくつも存在しており、表現者たちは自身の志と主張をそれらの手段によって世間に訴え出た。未だ大手の出版社や広く読まれる出版物などの文芸インフラが確立されておらず、文学志向者は己でその道を切り拓いていくしかなかったのだそう。

そんな雑誌、白樺の起草者であり国語の教科書にも作品が掲載されている著名な文豪、志賀直哉の作品群の分析にここ数日間あたっていた。

 

 

氏といえばなんといっても「城の崎にて」が広く知られている。

死を意識するほどの大怪我を負った氏がかの地にて療養に勤しむ様子を綴った短編小説。云うまでもなく死と生が主題となっている作品で、干からびた蜂の死骸や人々に追い立てられるネズミ、ひいては著者の手によって悪戯に殺められるイモリの最期の姿をその目に抱き、常にそこにあるはずの不透明な生死に対する心象をつぶさに綴っていく。説明してしまうとなんだか陳腐だが全体に漂う気品、格調、研ぎ澄まされた文章はまったくその限りではない。

曰く〝文体の教科書〟として当時の文学志願者らに崇拝されていたらしく、限りなく無駄を省いた文章は、駆け出し者たちの技術向上の模写の題材とされていたよう。非凡な観察眼による写実はつぶさを極め、脚色を嫌った文章は淡々としながらも微に入り際を穿つ。その方面の写実的作品からすれば物足りない感もあるが、むしろ必要最低限の描写しか盛り込まれていないのだろうと察せられる。浮かんだ要素から取捨選択し選りすぐりの言葉だけを文字に起こす、いわば〝引き算の文章〟なのではなかろうか。

白樺派の作家らは第二のロシア人作家(写実の巨匠)の影響を多分に受けているらしく、その写実の妙は自然主義の作家らともまたひと味違う印象があった。全体に、美しいのだ。芸術の創作を志向する趣が作品から感ぜられ、それが格調の違いを生んでいるような印象を受けた。

またロシア人作家の晩年の創作姿勢にも見られたように、作品が大衆に及ぼす影響を考慮し、多分に道徳的要素を含んだものを上梓するといった姿勢も同時に見て取れた。単なる芸術作品には留まらない教養や指南が込められた小説、もちろんそれらは文字通りの外国のサル真似などではなく、我が国なりに粗食したうえでの展開がなされていて、独自の文化として歴史に定着している感があった。短編小説が多いというのがわかりやすい特異点ではなかろうか(写実主義の作品は基本的に長編ばかり)。ありのままを描こうと目すれば長くなるのが理屈であるから。

とりわけ「和解」という作品には大きな感銘を受けた。志賀直哉自身の経験がもとになっていることもあって、読み進めながら中々に切実なるものが伝わってきた。

印象的だったのは父と私(著者)が和解する場面においての直前の継母との会話。長く溝を埋められなかった父子の関係を傍で見守ってきた継母は、息子に対し「色々と思うところはあるだろうけどとにかく一言謝るのが肝要。そうでないと父という人が譲歩の姿勢を見せられないのはあなた自身もよくわかってるでしょ?」と提言する。

ところが息子(著者)は「それでは一時的な和解にしかならない。思えばこれまでの対立はむしろ止むを得ないことだったように思う。私にも父にも曲げることのできないものがあって、対立はいかにも避けられない事態だった。謝罪はそれらを訂正することになるが、それは同時に今日まで積みあげてきた日々をすべて否定することになる。過去を亡きものとすることとなる。それは単なる誤魔化しで、あるいはお互いの(つまり男と男の)信念の議論を冒涜することにもなるためそれはできない。だから私はとにかく何も考えずに父の前に立ってみようと思うんです」と継母に告げて父の部屋へと歩みを進めていく。

数十年ぶりに親子が向かい合い、お互いの正直な気持ちを打ち明けてみれば、なんのことはない。お互いに雪解けを望む気持ちを否定することはできず、親子共々ひとりでに溢れる涙を止めることはできなかった。理屈など無意味、真から沸きあがる感情に身を委ねるしかなかったのであった──。

上記一連は実に現実感の漂う描写だと思う。こういった場面は、実際に著書が体験したものなのかどうかが文章に如実に表れてくるものだと私は考える。なかでもその体験を経ている読者に対してはまずもって誤魔化しが効かない。現実は小説よりも奇なり、実際に起こる出来事というのは、得てして辻褄の合わない形で表見してくるものなのだ。

明確な進路も決めず18歳で家を出た私自身にも過去に似たような経験があり、その真実味が痛いほどに伝わってきた。

長いあいだ献身的に見守ってくれた母親の切実なる涙の訴えにも関わらず、息子はその意を退け自身の本音でぶつかることを宣言する。これは親と子の対立であり、ひいては旧世代と新世代の価値観の対立でもあるわけだけど、それ以前に一人の男と男の対立でもあって、本質的に意味するところはこれがもっとも大きい。母親には測ることのできない心の対話がそこには存在しているのだ。

私の場合は、嘘で取り繕うのは父に対しても失礼にあたる⋯⋯と、そんな気がしたのだった。

 

 

またしてもロシア文学黄金期とのつながりを見出すことができて嬉しい。

文学の歴史はつながっている。文学作品にしても、娯楽作品にしても。

娯楽作品から分析を始め、文学作品へと横断的に分析を進めてきた今、それらがあたかも一本の線につながるが如くの知見を得られることを、私は密かに期待している。

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