既知の情報が至高の安息をもたらす

 

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〝既知のものに触れる〟

これが、自分にとっての休息を意味します。これまで何度も観たことがあるアニメ、バラエティ番組、そして映画など。とくに子供の頃から繰り返し観てきたものは大きな安らぎを得られます。

ドラゴンボールZ

ごっつええ感じ(ガキの使い)

ダイ・ハード

これらは僕の人生にとってかけがえのない作品です。決して代用のきかない唯一のもの。なにせ子供時代に戻ってもう一度作品を鑑賞することはできないので。

これらが特別に素晴らしい作品というわけではないようです。いや、ごっつとかガキの使いは間違いなく素晴らしいのですが。そういった意味合いではなく、自分の脳みそが休まるのかどうかが、自身の休息における重要点となります。

とにかく新しい情報が含まれていないもの。そうでないと、脳みそが勝手に活動を始めてしまい、休息が休息たりえなくってしまう。せっかくの休みの日が活動の日となってしまう。自分の脳みそは、そういった特徴を有しているようです。

観たものから必ず何らかの情報を得ようとしてしまう。また現在における自身の「悩み事」と照らし合わせ、何かしら解決に向けたヒントを見出そうとしてしまう。なぜそうなるのかは、分かりません。やたらとがめつい人間なのでしょうか? 少しでも得をしようと常に鼻息を荒くしているのかも。それゆえに興味がないことは無視するか、完全に拒絶してしまう。それに対して労力を費やすことがなかなかできません。人の話などがこれにあたります。当然、社会生活に大きな支障をきたしていたのは言うまでもないことです。

基本的に、自分の中には常に悩み事があって、それらをどうにかするために日々を生きている、といったような感覚があります。悩み事ありきの人生。悩み事を抱えていない時は、どうにも生きている実感を得ることができません。なんだか日々が空っぽに思えて無性に焦燥感が湧いてきてしまいます。何やってんだオレは。時間がもったいないじゃないか、命がもったいないじゃないか、と。まったく面倒くさい性分ですね。

悩みのない人生はつまらない。結局、生きることが自分の趣味なんだと思います。

しかし今日はドラゴンボールやガキの使いばかり観ています。これまでの人生でもう30回以上は観てきたもの。新しい発見など全くない。だけど、それがいい。それが自分を安心させてくれる。

そういう日も設けないと、真っ暗な洞窟から本当に抜け出すことができなくなってしまいますので。

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