2022/11/15

日本における自然主義文学の衰退は止むを得ない

 

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この一週間の分析はけっこうな進捗度を誇った。自然主義の起こりから衰退まで、それと対比するロマン主義の勃興と発展。

両者は相対させて分析するのが好ましい感がある。お互いが真逆の主張を行っていて、読み比べることですこぶる理解が容易になる。

とくにロマン主義から自然主義へと転身した作家の作品群にはそれが顕著に表れる。代表的なのが国木田独歩。日常の風景を修辞に富んだ描写によって詠った「武蔵野」から、陰惨に滅びゆく者の運命をありのままに美しく描いた「春の鳥」「竹の井戸」「女難」。両者は異なるアプローチで美を描き出す。一方は脚色によって、他方は採択によって。

個人的に、詩人のしたためる文章は美しいと感じる。とくに情景描写において。立板に水、淀みなく流れるように入ってくる言葉は読んでいて心地が良い。そういえば推理小説界における新本格派の礎を築いた偉大なる作家氏も「文章を上達させたいと願うなら文章力を磨くよりも詩に触れる方がよっぽどいい」と評されていた。考えてみれば小説の起源は詩における「散文詩」にあるみたいで、源流を辿っていくとそこには透き通るようなポエムの湧水が流れているのかもしれない。

いずれにしても日本の小説における文章はやはり美しい。とくに修辞に富んだ一文が長い文章の場合は、ともすれば読点がなくとも句点まですらすら読めてしまうほどの軽やかさがある。角がなく、精巧で、それでいて慎ましやか。無駄に婉曲させない率直さと抽象性を兼ね備えた奥ゆかしい日本語の文章が、私は大好きだ。

 

 

唐突だが創作にいざ踏み出そうとする者が最初に志向するのは『脚色』なのではないだろうか。

美しく描こう、壮大に描こう、感動的に描こう。自身のもつ創造力を最大限に発揮し、観衆をあっと云わせる作品を世に生み出したい。それが創作家と名乗った者が最初に頭に描く設計図なのではないかと私は考える。

処女作を地味に仕上げたいと望む者はまずもっていない。そしてまた誰にでも作れる汎用物を生み出したいと考える者もいない。創作とは己の芸術を世に知らしめる行為であり、生活に必要な商品を製造するのとはもの作りに挑む姿勢がまったくもって異なる。そこにはハナから『個性』や『非現実』というものが志向されて然るべきだ。

そういった創作家の心理を体現したものが、すなわちロマン主義であるといっても一向に差し支えはないと思う。つまりロマン主義とは創作家の初動的な思考を顕現させたものだということ。そのため、この思想についての殊更な説明はとくに必要がないといえる。

そして上記の逆を志向するのが写実主義。脚色を加えずありのままの現実を描き、それによって〝何か〟を世に浮き彫りにしようと志向する。作者の主観を排除することが一つのテーマとされる。

それをさらに発展させ、自然現象や摂理、論理(ダーウィンの進化論など)の観点でもって描写しようと志向するのが自然主義だ。起きる出来事に自然的な必然性を説き、そこからありのままの現実を描写しようと試みる。

写実主義も自然主義も、原始的なロマン主義に対するアンチテーゼとして生まれてきた思想。当時の作家たちはお互いを批判し合いながら切磋琢磨し、作品における表現手法の進化、ひいては思想の発展を見せていった。各国によって異なる変遷を辿りながらにして。

私の分析したところでは、日本における自然主義文学は「自由恋愛」という主張を見せたように感じた。

諸外国も同様であったように、その昔、恋愛というのは得てして自由なものではなかった。貴族・平民のどちらにおいても。

貴族は家柄による交際の可否があり、平民は親の都合で婚姻を押し付けられそもそも男女が自由に恋愛することすらままならなかったという歴史がある。明治時代までは将来を約束していない男女が連れ立って道を歩くことが憚られていたほどの純潔志向であったよう。男女が堂々と交際する様を晒すのは世間的に非常にはしたない行為であって、そんな振る舞いをしていたら近所の人から何を言われるかわかったものではなかったのだという。

しかし文明開花によって自由の風が列島に吹き荒れるや、若者たちは西欧由来のハイカラな衣装を身に纏い、男女は大人たちの目も憚らず手を繋いで堂々と往来を闊歩した。時代が奨励する生き方に己の価値観を適応させていったのだ。こうしたいつの時代にも見られる〝伝統(大人)と改革(若者)のせめぎ合い〟が、明治の時代にはとくに甚しかった様子が当時の作品群からありありと窺われた。

そんな新時代において、自然主義志向の作家たちは、象徴的な自由恋愛の描写を作品内に盛り込んだ。「近親者への恋心」という。

それは得てして退屈になりがちな写実系の作品に〝衝撃〟という娯楽性のスパイスを加えることを志向した面もあるのかもしれない。何度も言及してきたように、現実をありのままに描写した小説などまずもって面白いわけがなく、出来事に作家の手が加わることで面白くなるのが小説であると私は思う。あまりにも刺激的な現実を取り上げるというのはそういった工夫の一端であるといえるだろう。

そうした工夫によって、日本における自然主義文学は、さながら〝暴露本〟の様相を呈していったきらいがある。こぞったように作家自身の恥部を曝け出すかのような作品が次々と文壇に上梓され、当然にそれらは急激な衰退を見せていき、日本の自然主義文学は私小説へと矮小化されてしまったと評された。インスタントな刺激をもたらす娯楽というのは得てして短命な運命にあり、それが作品の世界観を演出する主要な表現手段となってしまったのであれば、そうした変遷をたどっていったのもある意味では当然の成り行きだともいえる。やはり、私小説で読者を楽しませるには作家自身に相当に数奇な人生が要求されるのであろう。

私自身も分析にあたってみて、たしかに私小説化の傾向はどうにも否めなかったし、その方向性による表現の限界も容易に感じられてしまって、読書を進めるうちに気持ちが冷めていくのを感じざるを得なかった。ある作品など途中で読むのをやめてしまったほど。これ以上読んでいられるか、まるで著者の自伝を読まされているようで、志半ばにして探究する気持ちが萎えてしまったのだ。

ただそれでも、自然主義という思想を、当時の日本を反映した作品へと昇華させるべく志向した場合には、その題材が自由恋愛となって表れたことには強い納得感を得た。たしかにそうならざるを得なかったのかもしれない、海外の作品を咀嚼し日本流として生み出そうと目したならば、やはりおのずと恋愛というテーマに行き着いたのではなかろうか、と。ゆえに衰退の一途をたどったのはむしろ止むを得なかったのではないか、と。

ロシア文学黄金期に見られた写実主義の作品群のように、写実による作品の場合は『コントラスト』によって主題を表現することが得てして常套手段となるものだと私は考える。

作者の恣意性を排除し客観的な描写に徹するのなら、作者は「設定」によって味付けを施すしかない。登場人物の年齢、価値観、人間性、信念など⋯⋯それらを対比させる形、あるいは呼応させる形で構成しておき、そうして自ずと起こって然るべき出来事を写実することによって作者の主題(主張)を表現する。写実主義や自然主義の作品の場合には、そのような「設定の妙」によることでしか作品を〝面白くする〟のは難しいのではなかろうか。

だからこそ日本の自然主義文学においては、厳粛な「過去」と自由な「現在」によるコントラスト、いわば大人主体による生活のための婚姻と若者自身が主体となる自由恋愛との対比によって、男女間におのずと生ずる恋心を『自然の摂理』として主張することでかの思想を表現することになったのではないかと、私はそのように歴史を推察した。

 

 

ちなみに、国木田独歩の作品に第二のロシア人作家の作品が度々引用されていたのが興味深かった。日本では第三のロシア人作家(写実主義の巨匠)よりも、ひいては世界一有名なロシア人作家よりも、氏の作品群の方がいち早く翻訳輸入されていたらしい。当時は貴族である氏の作品が世界的にも有名であった可能性もある。

国語の分析に入るや、前回までのロシア文学黄金期の影響を垣間見ることができるこの面白さ。このように文学の歴史が繋がっていく様子を観察できることが、今は何よりの悦びとなっている。

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