日本アルプス 2
高山西ICで高速道路を降り、国道をしばらく走ると古い街並みが見えてくる。昔ながらの木造家屋が道の両脇にずらりと並び、食べ歩きのできる軽食や土産物、器や郷土品などが販売され、国内有数の風情ある観光地として賑わっている。家屋の前には小さな水路が流れていて、夏には野菜やスイカなどを冷蔵庫代わりに浸けて保存するなど、今でも住人の生活に利用されている様子が確認できる。実際に人が住んでいる白川郷などと同様に、これら岐阜の文化物が外国人観光客に人気があるのは、日本古来の風土を活きたかたちで体感できるからなのかもしれない。
趣のある街並みには目もくれず、小型の四駆者はふさわしい背景を目指してひた走る。閑散とした観光地に猛々しいエンジン音を轟かせて。
高山市街を抜けて田園地帯に入り、しばらく国道を走っていると、前方に〝最後のコンビニ〟が見えてきた。ここを通過したら商業店舗はほぼ皆無となり、あとはひたすら山間の景色が続くばかりとなる。すでに家屋もそこに取り残されたようにぽつぽつと見られる程度になってきた。目当ての地がいよいよ迫ってきた兆候だ。
例の夢の国に直通の駅がないのは舞浜駅から徒歩で向かうあいだに現実感から脱却させる意図がある、というのをそのての話題に傾倒する同僚が話していた。向かう道中から逃避感を味わえるのも登山の魅力ではないかと思う。高山(こうざん)になるほどそれが顕著になり、人を寄せつけない秘境に向かうような体感を味わえる。
ただし富士登山だけは例外となることを去年知った。日本一の高山は、それゆえにあらゆる魅力が喪失されてしまう。私が登山に求めるものは日本二位以下から提供される模様だ。その上位の多くがここ北アルプス山脈の山々で占められているのは幸運としかいいようがない。
道は徐々に傾斜をともなってきた。アクセルがだんだんと重くなってきて、ぐっと踏み込んでも速度がすぐには上がらない。時おりエンジンがうんんんと唸りをあげる。運転者に先んじて車体の山登りが始まったようだ。
ここからはしばらく峠道が続く。右へ左へとうねった道が、まるで蛇のように山肌を這っていて、前進するものたちを海抜の上へ上へと運んでくれる。枝分かれのほとんどない長大な一本道によって。
道のまわりは鬱蒼とした木々に囲まれている。あえて近づかないのか動物の気配があまりなく、小鳥のさえずりさえもほとんど聞こえないため、あたりには静けさがぴんと張り詰めている。そのせいで道中の年季ある食事処なども廃墟と見紛えそうになるが、これでも秋には渋滞ができるほどの観光地と化す。紅葉の時期にこそこの地の本領が見られるのだ。
峠を越えると道なりの先にゲート型の料金所があらわれる。その奥が国の天然保護区域である上高地となり、手前からマイカー規制が実施されているのだ。利用者は近くの駐車場に車を停めてバスかタクシーに乗り換えなければいけない。
ロープウェイを目指すものは手前の道で折れ、今度は温泉街へと入っていく。最初に待ち受けるのは奥飛騨温泉郷の一つ、平湯温泉だ。周囲に趣ある旅館がいくつも立ち並んだ道を、後ろ髪のひかれる思いでひたすら奥へと突っ切っていく。ここまで運転するにも疲労を感じているだけに名残惜しさはひとしおではない。
そうして温泉の誘惑を断ち切り、最後の山間の道を抜けると、空にかかったケーブルが壮大な模型感をともなって登場する。ようやく、登山者を目当ての地まで運んでくれる、新穂高ロープウェイに到着だ。