月千円で買える幸せ

 

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今日は父の誕生日。今風呂に入ってるみたいなので、また後で電話をかけます。毎年家族にかけている「誕生日おめでとう」の電話です。

数ヶ月前にスマートフォンを低額プランに変更した際、定額による電話のかけ放題オプションを外す意向でいました。ところが、母に「これからはLINEで電話をかけ合おう」と伝えたところ、「電波が悪くてうまく聞こえないんだよね」という返答が。以前にも姉と母で試みたことがあったらしい。

じゃあもう一回試してみようとかけてみると、別に音声はクリアだし、通話が途切れることもない。問題ないじゃん、と母にアプリ電話のかけ方を説明し、動作確認までして「次からこうしよう」と伝えると、母は「だけども音が心配やなあ」と僕の提案にしぶる様子を見せた。「いや、だから⋯⋯」と言いかけたが、苛立ちを抑え、「とりあえずやってみようよ」とその場は終わった。

しかしオプション契約の変更画面に表示された「本当にこれでよろしいですか?」の文字を見た時、なんとなく〝これではよろしくない〟という気持ちになった。それは、もう一人の自分が自分に語りかけてくるような感覚だった。

〝絶対に外しちゃあダメだ〟

母も父も旧来のプランで契約している。オンライン上で手続き、だとか難しいことはよく分からないから。父に至っては未だにガラゲーを使っている状態。無用な通話料を発生させないために、通話時は常時自分がかけ直す、というのが親子の決まりとなっていた。

その体制を母と子のLINE通話で一本化させようという算段だったのだけど、提案にしぶった母の言葉がやはり気になった。あの言葉は、その言葉通りの意味ではないのかもしれない⋯⋯と。もしかすると口には出しにくい思いがそこにはあったのかもしれない⋯⋯と。そしてそれは「寂しい」という嘆きの言葉だったのではないか、と。

母はとにかく機械が苦手。新しいことを覚えるのに脳が拒否反応を示すらしく、ただ新しいこと、というだけで即座に「分からない」とさじを投げてしまう。それこそスマートフォンの画面をタップするだけの操作でも「あーもう、はいはい」と自分に取り入れることを拒否する。もはや単なる新しいことアレルギーだろ、と見ている方が感じてしまうほど。

LINE通話くらいなら大丈夫だろう。それは、動作の確認をした母も同じように思ったに違いない。しかし理屈ではそうだけど、心は違ったのだろう。おそらく〝なんとなく嫌〟なのだ。

お互いの生活費削減のためとはいえ、息子、娘が自分の気持ちを考慮してくれない。簡単なのは分かったけど、なんだか気に入らない。取り入れたくない。もうこの歳で新しいことを覚えるのは嫌なのだ。なんだか、定年間際に講習の受講を強制された看護師時代の苦痛が甦ってくるから。

僕は、「本当にこれでよろしいですか?」という先の問いに「いいえ」と答えた。月千円くらいなんだ。そんなもので母が喜びを感じてくれるなら安いものじゃないか。

今でも以前と同じように、通話時は常時僕の方から電話をかけ直しています。そうすることで母も父も、何の気兼ねもなく長電話ができるみたいなので。それが1年以上会っていない現状、家族に不可欠なコミュニケーション手段となっています。

月千円で買える幸せ。安いものです。

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