未解決事項の断捨離

 

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どうあがいても売れないメリカリの出品物について、リサイクルショップに持ち込むことに決めました。それでもしも二束三文にしかならずとも売ってしまう。そう決意した時、なんだか心にかかっていたモヤが晴れたような気がしました。

何事もウジウジと悩んでしまう自分ですが、意外と決断するのは早いです。おそらく判断に必要な時間は、人よりも短いはず。最初のうちは四方八方手を尽くすものの、もう無理だな、と思ったらば即、撤退を決断する。そのスピードはまさに合理主義社会の冷徹さの如く。いわば「損切り」といった感じで、被害ができるだけ少なくなるよう即座に切り捨てます。

この場合の「損」とは、その物事に費やしたお金や時間などの経済的資源をいうのではなく、その物事についてアレコレ考える「精神的資源」を指します。

これは持論ですが、我々には、格闘ゲームにおける体力ゲージのように、日常の問題に対処するための「精神ゲージ」みたいなものが備わっている、と僕は考えています。

体を使った物理的な作業を行うには体力が必要。頭を使って論理的な思考を展開するには脳力が必要。しかし、それらの要素以前に、日々の生活を快活に過ごすためには、自身の胸の内にある『心』の状態が重要なのではないかと思います。もしも心の状態が不安定にあったり、常にザワついていて落ちつかない状態にあったならば、いま目の前にある物事に集中することはできません。いわば心配事を抱えたまま仕事をしていては業務のパフォーマンスに精彩を欠いてしまいすべてが中途半端になってしまう。それと同じです。

そうなってしまう原因はおそらく、精神ゲージの不足。

頭から離れない悩み事だけでなく、大したことない問題やささいな考え事など、胸の内に多くの「未解決事項」を抱えているがために、自分でも知らぬうちに精神エネルギーを消費してしまっている。例えば、公共料金が未払いになっているとか、買い換える予定のカーテンの色がまだ決まっていないとか、組み立て式の棚を未開封のまま放置しているとか。それらは自身の頭を悩ますことではないし、別に気に揉むようなことではないけれど、どこか頭の片隅には常にあって、ほんのわずかでも自身の精神ゲージを消費させている。たった一つなら問題はない。けれども、小さな未解決事項が積み重なってくると、一つの大きな悩み事と同じくらいに心をすり減らすことになる。それはもう、自分でも気がつかないうちに。

上記のようなメルカリの出品物がこれにあたります。別に悩んではいないけれど、いつまでも売れないがために常に頭の片隅にはあって、何をしていてもそれがチラついてしまう。ふと休憩するたびにアプリをチェックし、売れていないことにまた憂いてしまい、どうにかしなければと対応を考えてしまう。それらがいつの間にか精神ゲージを消費することになってしまっている。

だから未解決事項をそのままにしない。と僕は決めています。売れないならさっさと値下げして売り切ってしまうか、あるいは今回のようにリサイクルショップに持ち込んで二束三文で売っ払ってしまうか。もしくは燃えるゴミの日にまとめて袋に放り投げてしまうか。

いつか売れるかもしれない。と、そのままにしておくことで、自身の精神ゲージがいつまでも消費されることになる。他のやらなければいけないことに注力することができなくなってしまう。だから思ったような結果が出なかったのであれば、さっさと損切りをする。いつまでも頭の片隅には置いておかない。そうすることで、快活な日々を過ごすための精神力を保持しています。

物の断捨離だけでなく、未解決事項の断捨離。

できるだけ荷物を軽くするように意識しながら、日々を過ごしています。

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