本気、以外の生き方がわからない

 

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久しぶりに書くことが思い浮かびません。本当は例の珍妙な菌の影響について書こうと思ったのですが、途中まで文章を打ち込んだ末に、すべて削除しました。なんだか偉そうなことを言ってしまいそうな気配がしたので。「生きること」とか「人生」について熱弁を奮ってしまいそうで⋯⋯。

生きる。ということに関しては、どうしても本気になってしまう自分がいます。本気で考えてしまう自分がいます。

別にカッコをつけているわけではありません。誰に見られるからでなく化粧を怠らない女性のように、誰を振り向かせるためでなく体を鍛える男性のように、ただ自分がそうしたいと思うがゆえのことで、他人からその姿勢をカッコいいと形容されればたしかに気持ち良くはなるけれど、称賛を求めての行動ではなく、ただ沸き上がる思いを無視できないという純然たる欲望。自分でも説明できない衝動に突き動かされるというのが、その実です。

ある意味では自分の心の奴隷であるとも言えるかもしれません。その命令に抗うことができないのだから。頭では分かっているのに体がついてきてくれません。妥協する、という方への道には。

いい加減に生きられたらどれだけ楽だろうかと思います。適当に考えられたらどれほど快適だろうかと思います。良い按配で処理できる人たちにとっては悩みの一つにも挙げらないのだろうけど、自分はそうはいきません。「ちょうどいい」なんてやり方はできないので。ゼロか百。本気か本気でないかのどちらか一択しかありません。

楽になりたい自分がいます。けれどもそれ以上の力で、いい加減に終えたくない自分が強い抵抗を示します。そして最後には説得させられてしまう。もう一度頑張ってみようよ、と⋯⋯。

そのため、いつからか、抵抗することをやめました。もうそのことに労力を費やすのは辞めよう。どのみち最後にはやることになるのだから。余計なところに使っても余計に疲れるだけだと。

もはや自分には、これ以外の生き方がわかりません。

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