2020/08/03

母からの最後通告

 

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『威圧』について・・

僕の母は本当に優しい。

生まれてから今日までずっと優しい。

自分の幸福よりも、
僕と姉の幸福を優先してくれる。

自分はこっちの方がいいと思っていても、
子供が逆を欲しがれば迷いなくそちらを優先する。

自分のために美味しい物を買いに行くのは気が進まないが、
子供が欲しいと言えば、ついでに自分の分も買いに行く。

思えば、僕が高校三年生の時に
「とにかく大阪へ行きたい」
などと意味不明の進路希望を述べた時も、
母だけは、最初からそれを認めてくれていた。

ジャマイカだけは辞めてね、と言って。

最初の進路希望は「ジャマイカに行きたい」だった。

当時、「レゲエ」に心酔していた僕は、
レゲエ発祥の国で暮らしてみたいと思っていた。

レゲエの歌の数々には魂が込もっている。

歌に「葛藤」や「闘争」や「解放」や「親好」
のメッセージがこめられている。

そして海外には自分の知っている人は一人もいない、その点が一番良かった。

しかし連絡が取れなくなるのは親として耐えられないと言われ、
早々にジャマイカから大阪へと進路は変更された。

本当はどちらでも良かったのだ。

そんな母が一度だけ僕に”通告”したことがある。

ある意味で脅しと言うべきなのか、
明確な意思をもって突き放された。

それが「起業する」と言った時だった。

当時の僕の年齢は28歳。

公認会計士試験に不合格となり、
地元に帰るかそれとも・・という、
誰が見ても諦めて故郷に帰るべきタイミングだった。

僕が自分の意思を告げると、
母は電話越しにこう言った。

「まあ、これが最後だろうね」

その言葉には冷たい響きがあった。

有無を言わさぬ最後通告だった。

言わなくてもわかってるよね?
という暗黙の了解が込められていた。

僕は母には見えない引きつった顔でこう言った。

「そ、そうだよね・・」

あれは僕を絶対に成功させる為のプレッシャーだった。

それでダメならもう帰って来なさい、
という「期限」を母が設けてくれたのだ。

だから僕は、
「これが最後のチャンスだ」
と死に物狂いで頑張ることができた。

結果的に、僕はまた、母に与えてもらったのだ・・

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