洞窟に差し込んだひと筋の光を探す

 

この記事を書いている人 - WRITER -

人は何のために生きているのか? 人生には一体どんな意味があるのか?

なんてことを考え出したらもう大変で、その答えを探しているうちに陰鬱とした感情に囚われ沈んでしまうか、あるいは脳みそがオーバーヒートして頭がおかしくなってしまうか。といったリスクをかい潜りながら、これまでそんなことばかりを考え続けてきたために、別に狂人化することもなく、淡々とそれらのテーマと向き合うことができます。

しかしやはり、向き合っている時というのは普通の精神状態ではないので(というかうまく他人に合わせることまではできないため)、一人きりの時間、そして密閉された空間を必要とします。いわば日常と隔離された環境に自分の身を置かないことにはその〝境地〟にたどり着くことはできません。なんだか怪しいことを言っている感じになっていますが、要するに、誰にも邪魔されない静かな部屋と時間が必要だ、ということです。アレコレやらなければいけない、といった日常の課題に追われることのない環境が求められる。当然、身内の協力は必須となります。ありがとう妻。

それはまさしく、真っ暗な洞窟において光を探し当てるようなものです。自然光の届かない漆黒の穴の中に侵入し、奥へ奥へと踏み込んでいって、いよいよ眼前にかざした己の手さえも拝めないような深い場所にあって、そこに差し込んでくる小さな小さな光を見つける作業。地図もなく、どこまで続いているのかも、またどこに繋がっているのかも分からない洞窟。あるいは終着点は単なる行き止まりかもしれない。そんな馬鹿げた冒険を敢行した末に探し当てる、たったひと筋の光。

もしも自分に偉大な能力が備わっていれば、そんな非効率なことなどしなくていいのだろうと思います。少しばかり頭脳を回転させればポンポンポンッ、と良い種が生まれてきて、そいつにちょちょっと手を加えれば立派な幹になる、みたいな。

しかし自分には無い。無いものは無いのだから、仕方がない。怪し気な洞窟だろうがなんだろうが、足を踏み入れないことにはどうしようもない。そこに光が存在する可能性が少しでもあるのならば。

ただ、こうも思う。

果たしてその怪し気な洞窟に光が差し込んでいたのか、あるいは漆黒の闇の中を手探りで進んできたがゆえにそこに光が差し込んだのか⋯⋯。本当のところはどうなんだろう? そもそも光なんて存在するのかも少し疑問。あまりに長いこと漆黒の闇に滞在していたせいで、単なる岩の切れ目がひと筋の光に見えただけなのかもしれない。

真相は不明。というか別に、本当のところなんてどうでもいい。

とにかく闇の中に足を踏み入れ奥まで深く深く進んで行けば何かが見つかる。そのことを自分が信じていて、そして愚直に実行する自分がいれば、それでいい。

自分にとっての光は、脳みそではなく、真っ暗な洞窟にある。ただ、それだけの話なのだろう。

この記事を書いている人 - WRITER -
 

Copyright© 売れっ子Kindle作家 大矢慎吾 , 2021 All Rights Reserved.