2022/05/24

源流を辿れば物事の本質が見えてくる

 

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ミステリーの女王の作品群を経て、今度はモルグ街の殺人を読んだ。言わずと知れた史上初の探偵小説とされるクラシック中のクラシック。

こういう〝原型〟みたいなものが好き。

物事には必ず始まりがあってのちに発展が起こる。発展が起こったということは、その始まりは多大なる魅力に溢れていて、そして更なる可能性を観衆に感じさせたということ。追随しようとする者たちに「ここに金脈が埋まっている!」と感じさせた大いなる可能性。

現代はもはやあらゆる創作物が出尽くされたといわれていて、今を生きる私たちは完成品ばかりを目にして育っている。さらにそれらが無料で手に入るために〝不感症〟を起こしている。ちょっとやそっとの衝撃では感動を覚えない。

だけど、始まりの当時はきっと大いなる希望に満ちていたはず。未完成で、荒削りで、常軌を逸していると一笑に付される部分も多分にあるものの、読み手の心を惹きつけてやまない〝何か〟がそこにあったに違いない。手放したあとでやっぱりもう一度読み返したいと思わせる高い中毒性。まさしくそいつの虜にされてしまったように。

かの作品には、たしかにそれがあった。

かなり癖をもった不可思議で知的な探偵、それを側で見守るつねに見当違いで凡人な語り手、実行の不可能な不可解極まりない現場の状況、推理に必要な情報の提供、現場検証、証人らの証言、そしてヒントの提示と思わぬ結末⋯⋯まさしく要素がしっかりと詰め込まれていて、読み進めながら知的好奇心を大いに刺激された。初の作品ゆえにそれらはとても分かりやすく配置されており、推理小説の基本の基として参照するにはこれ以上ふさわしい教材はないと感じさせた。

何よりも『興奮』がそこにはあった。

真実にたどり着こうと懸命に頭を働かせる私、解決の手がかりを求めてページを往来する私、最後の解答の提示に悔しがる私⋯⋯現代の推理小説にて感じる興奮を、たしかにその〝始まり〟の作品から得ることができた。

個人的には、この興奮こそがミステリーの面白さ、ひいては小説の面白さなのだと考える。

「そんなの当たり前だろ」と突っ込まれるかもしれないが、その批判者はおそらくこの話の本質的なところが見えていないと思われる。大事なことは、この感情こそが本の面白さの源泉だということ。読み手にこのような感情を起こさせることができれば、すなわち自分の書く小説は面白くなるということを示唆している。

そしてその『感情の正体』を、書き手である作家が、正確に把握している、ということが重要。

なぜなら、読み手が「読書」に際して求めている感情を、作家自身が正確に理解していなければ、それを自身の創作物で実現させることなど到底できるわけがないから。漠然とした認識では、確実な再現性をもたせることができない。余計なものが複合されていない、純粋な、混じりっ気のない源泉を正確に把握すること。これは、作家としてとても重要なことだと私は感じている。

その点において、物事の始まりの段階では、〝それ〟はとてもシンプルで、いかにも簡素。だからこそ分析するのに非常に適しているといえるのだ。

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