2021/11/05

無の空間に己を放置する

 

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昨日の休日に引き続き、今日も朝イチでこれを書いています。今日一日リサーチに集中するためです。

数日前に妻に言われました。

「私はあなたに我慢してもらいたくないのよ。だから我慢しているあなたを見るとイライラする」

それは自分の家族にはかけられたことのない言葉でした。両親には多大な愛情を注いでもらいましたが、基本的に何事も我慢をするよう教えられて育ちました。我が子に厳しい社会に負けない忍耐力を身につけさせるためであったことは言うまでもありません。また、すぐに与えてしまうと己で勝ち取る喜びを奪うことになってしまう、という体験的価値を留保しておく意味もあったかもしれません。きっと世の多くの子供たちは我慢することを当たり前に教えられて育っているかと存じます。

その例に漏れず、妻もそれなりに厳しいご両親に育てられた模様。与えられたものはたくさんあるけれど、それよりかは我慢したものの方が多いらしい。そんな妻が、夫には欲望の解放を勧める不思議。いや、欲望という言葉は適切ではない気がする。自分の「思い」を優先させろという感じでしょうか。後悔なく生きたい、という僕のその思い。いつも本当にありがとう。

昨日観た映画の劇中でも主人公が言っていました。

「恐れを捨てろ」

「疑念を捨てろ」

こんな月並みなセリフでも心にずしんと響いてしまうのは、自分が今まさにそれを欲しているからなのだろうと思います。誰かに言ってもらいたいのだろうな。「我慢しないで」という言葉と同じように。

今日はパジャマのまま。着替える時間すらもったいない。

創造の世界に溺れていたい。誰にも邪魔されない空間で一人、静かに。映画を観ているのに〝静かに〟とはおかしな表現ではありますが、自身が漂っているその空間は静かです。そこは『無』なので。

甘いものをバクバク食べてただひたすらに映画を脳みそに放り込む。疲れたら少し寝て、また起きて次々と放り込む。そうしているうちに光明は見つかるのだと、それを信じるその思いさえも捨てて、己の精神を無の空間に漂わせ、放置する。

今日はそんな日です。

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