2020/10/19

生き方なんて、一つじゃない

 

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テーマ:生活

 

「仕事をするのは生活のため」
「生活をするのは生きるため」
「じゃあ、生きるのは何のため・・?」

この疑問から始まった今回のテーマだけど、
朝起きて歯磨きをしている時にふと気がついた。

”世間でいう生活とは「生産・消費活動」を指しているのでは・・?”

モノ(コト)作りに関わる事、
子供を立派に育て上げる事、
その過程でお金と時間を消費していく事。

この一連の活動を「生活(生きる活動)」と呼んでいるのではないか、と。

もしもそうだと仮定すると、
「生活のために仕事をする」という構図にも納得がいく。

なぜなら、生産・消費活動をするには「お金」が必要だからだ。

生産・消費活動を行うには元手が要る

だから僕たちは仕事をしなければいけない

という理屈になるのだろう。

ついさっき考えた内容だけど、
この考察はあながち間違ってはいないはずだ。

いや、むしろこれが、この話の本質だろう。

・・と、ここまで辿り着いたことによって、
自分がどうして仕事に行きたくないのかがハッキリとわかった。

 

「他人の生き方を勝手に決めんじゃねえ!」

 

人に何かを強制されるのが大嫌いな自分にとって、
自分の生き方を勝手に決められるのは勘弁ならない。

自分の生き方は、自分だけが定義することができるのだ。

 

 

僕たちの生き方は、一つじゃない。

ライフスタイルも仕事の仕方も多様化しているこの時代において、
全員の生き方を一つに定義付けするなんて無理がある。

もしも言い表すならば「十人十色」だろう。

もはや結婚は当たり前の進路ではないし、
ウチみたいに子供のいない夫婦も少なくはない。

今は性別を二つで考えることにも無理がある。

だから生き方なんて、他人がこうだと決められるはずがないのだ。

ある意味で冷たい言い方だけど、
生き方は、自分で生きながら決めていくしかない。

”幸福の定義”は、自分自身で見つけるしかないのだ。

型にはまった生産・消費活動が悪いと言いたいのではない。

それは、あくまで一つのスタイルに過ぎないということ。

自分の生き方を決めるうえで参考とする、
単なる進路の一つに過ぎないのだ。

 

自分の生き方は自分で選択する時代・・

だからこそ、「生活(生きる活動)」が何なのかは、自分で定義するしかないのだ。

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