2021/08/23

生と死は表裏一体

 

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最近、死ぬほど頑張っている。

死ぬほど頑張っている、
と自分で言ってしまうほど愚かなことはないと思うけど、
事実、そうなのだから仕方がない。

気持ち的に死ぬほど頑張っている、
それすなわち一生懸命に頑張っているなどという話ではなく、
文字通り、肉体的な死を意識するほど頑張っている。

呼吸が苦しい
動悸が激しい
心臓が痛い
意識を失いそうになる

このような症状が出ている。

一昨日には人生で初めて、
全身の力が抜けるという体験をした。

心臓がぐーっと圧迫され、
頭に血が回らなくなり、
意識がスーッと抜けていく感じ。

心臓麻痺で死ぬ時はこういう感じなのだろうか。

おそらく脳みそに血液をまわそうと
心臓が限界を超えて活動しているのだと思う。

心臓の痛みは、たぶん心臓の悲鳴。

最近は命の危険を感じるほど
心臓と脳に大きな負担がかかっているようだ。

 

去年の8月から「毎月1冊出版」という
ノルマを自らに課して本を執筆している。

これはもの凄く大変なことだ。

時間があれば別に大したことではない。

けれど普段、派遣社員として働きながらこれを続けるのは、
並大抵のしんどさではない。

休みの日に休むことなど許されない。

空いた時間をすべて執筆活動に充てなければ到底間に合わない。

しかも僕は個人出版。

出版社から本を出す場合は、
編集や校正作業なんかは全部やってもらえる。

それらも全部自分でやらなければいけない。

もしも子供がいたら、
家庭はとっくに崩壊しているだろう。

だけど本が完成した時の達成感は格別だ。

体は疲弊しているけど、
心は清々しい気分になる。

自分がこの世に生きていることを
限りなく実感できる瞬間だ。

 

「死ぬほど頑張る」
なんてどれだけ意気がったところで、
人は簡単には死なない。

人間の体はそんなにやわじゃない。

だけど死を感じるほど頑張ることで、
限りない生の喜びを感じられるのだと思う。

なぜなら生と死は表裏一体だ。

命を賭けるのは生きることであり、
ダラダラ生きるのは死ぬのと同義。

人間は死を感じなければ、
生を感じることができないらしい。

それはきっと生きていることが当たり前だと思っているからかもしれない。

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