2020/10/19

生活は手段であって目的ではない

 

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テーマ:生活

 

”このクソな時代に自分はどう生きるのか?”

生き方は、自分自身で定義するしかない。

生きる活動と書いて生活・・すなわち、

 

生活とは、生きるということそのものなのだ。

 

生きることそのものが生活であり、
生きていくことそれ自体が生活となる。

そもそもの目的は「どう生きるのか?」というところにある。

だから、世間でいうところの生活なんて、別に、どうだっていいのだ。

「生活をどのようにしていくか?」だとか、
「今後どうやって生活していくか?」など、
そんな話はまったくもってどうでもいい。

 

「生活? そんなの、死ななければそれでいいんじゃない?」

 

自分が思うように生きられたらそれでいい。

死ななければそれでいい。

僕たちの生活の在り方なんて、別に、大して重要なテーマではないのだ。

 

 

生活は単なる”手段”であって「目的」ではない。

僕たちにとって重要なことは「どう生きるか?」だ。

”どう生活していくか?”なんて話はどうでもいい。

「ワンランク上の生活」
「何一つ不自由ない生活」
「人に褒められるような生活」

そのような生活は、してもしなくても別にどっちだっていい。

それが自分の生き方だと思っているなら勝手にやっていればいいと思う。

なんだか目的と手段を混同しているような気はするけれど、
自分がそうしたいと思っているならば誰に何を言われる筋合いもないだろう。

とりあえず僕にとってそれは、目的とはなり得ない。

広い家とか、派手な車とか、ロゴが入った服とか、
そういう”他人が欲しがっている物”は必要がない。

自分にとって必要なものがありさえすればそれでいい。

お腹が空いたらご飯を食べ、
眠くなったら横になって休み、
また活動するためのエネルギーを蓄える・・

僕にとっての生活とは、それくらいの最低限のもので十分なのだ。

 

だから、もしも生活を定義するならば、
『息絶えないようにすること』ということになるだろう。

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