生活を豊かにしてくれる記憶

 

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「記憶」について、思うことがある。

人の記憶には整理整頓が必要ではないか? ということだ。

ちなみに僕は自分の記憶力には自信がない。国家試験に挑戦してみて、勉強エリートたちの脳力を目の当たりにし、世の中にはとてつもない知能をもった人たちがたくさんいることを思い知った。子供の頃から勉強が嫌いだったのはその脳力が乏しかったからなのだ、と。できる子達は、好きとか嫌いとかという次元ではなく、いくらでも入るから何の苦にもならないのだそうだ。

けれどもいざ社会に出てみると、大事なのは、記憶力がいいことよりも、その記憶を自身の生活(仕事)に活かせるかどうかなのだと知った。ただ頭がいいだけでは何の役にも立たない。優れた記憶力なんて、人と話していて多少優越感に浸れる程度のアドバンテージにしかならないのだ、と。

そこで冒頭の話になる。記憶には整理整頓が必要、ということだ。

端的に言えば、”要らない記憶は積極的に排除するべき”だと僕は思っている。

この情報化社会。僕たちは日々、無数の情報に触れている。インターネットを立ち上げればネットニュース。SNSを覗けばネットニュース。自ら望まざるとも情報は勝手にお届けされるようになっている。

それらは一方的に脳に侵入し、蓄積データとなって、僕たちの記憶の容量(メモリー)を消費させる。保存されたどうでもいい画像のせいで写真フォルダの容量がいっぱいになってしまうようなもの。

しかも記憶に残るのは得てして、ワイドショーのネタにされるようなものばかり。芸能人のゴシップや、日本各地で起こった悲惨な事件や事故。自身の生活とはまったく無縁の情報がほとんどとなる。

そんな情報を保持していたところで、どうでもいい世間話に多少の華を咲かせられる程度のものだと思う。自身の生活(仕事)にはなんら影響を与えるものではない。

一般に「歳をとると記憶力が落ちてくる」という。

それは、あるいは無駄な記憶に容量を奪われてしまっているのではないだろうか?

若いうちは脳みそも活発なのでなんとかなる。けれども、歳をとって脳力が衰えてくると、容量不足によって「もう覚えられない」という現象が顕著に表れてくる。

詰まるところ、何も考えずに日々を暮らしていると、無駄な情報によって記憶の容量を奪われてしまうため、自分で意識してそれらが侵入するのを防ぐ必要があるのでは、と僕は思うのだ。ネットニュースを見ない、意味なくSNSを開かない、などして。

そうすれば、たとえ記憶力が落ちていったとしても、人生のどの時点からでも、新しい道を選択することができるのではないだろうか。

 

 

要らない情報を生活から排除し、自分が大切にしたいものだけを集めて生きる。

そうすれば頭が整理されて、新しい価値観や考えを受け入れる余地が生まれる。

どのみち歳をとってくれば自分が興味のあることしか頭に入らないようになるらしい。だったら、無理してそれに抗うことなく、自分の興味のままに記憶を消費していくのが、あるいは日々の生活を豊かにすることになるのではないだろうか。

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