目減りする預金残高、高まる情熱

 

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今日は休日。地域に大型の商業施設がオープンし、それに伴ってようやく近くにユニクロができたぞ、しかもそろそろ衣替えの季節だ、ということで昼から夫婦で出かける予定です。今年掲げた「白と黒の服しか着ない」というテーマも、冬服を一新することで、ようやくコンプリートに至りそうです。けれどアタリをつけているビームスのアウターがちょっと高額で二の足を踏んでいる⋯⋯。どうか少しでも高く売れてくれ、メルカリよ。欲しい服は既存の所有物を売って軍資金を作る戦法で1年やってきました。あと市民税の支払いも。

しかしそうしてわらしべ長者的に購買欲は満たしたとしても、やはり日々生活をしていれば自然と貯金額は目減りしていきます。一体、何に使ったのか? 具体的には分からないのだけど、なぜだか減っているオンライン通帳の残高。もしかして盗まれたんじゃないか? と疑ってみても、その日々を振り返ってみれば、その時その時の明確な意思でお金をおろしている。そうです、間違いなく自分自身がお金を消費しているのです。きっと生活資金とはそういった性格のものなのだろうと思います。いつのまにか減っている、という。

自身に確かな収入源がないので目減りするのは当然の現象なのですが、やはり目に見える形で数字が減っていくのは、それなりの焦燥感を自身に与えます。やばいな。どうにかしないと。抱いても仕方がない焦りを抱いてしまう。小説なんて昨日今日で仕上がるものでもないのに。

理屈では分かっているけど、思ってしまうものは仕方がない。人間とはまったく非合理的な生き物だとつくづく思います。何をそんなに焦っているのか。はたから見ればひどく滑稽に見えるだろうに、当の本人は真剣に思い詰めてしまっている。ほんと、自分って弱いなあと、自分が情けなく思います。

ただ、やはり人間の体には寿命があるように、自分のやりたい道を進んでいくのだとしても、そこに一つの「期限」みたいなものは必要である気がします。この時点までにはどうにかしなきゃいけないんだよ、という。そうでないとケツに火が点かない。

危機感こそが人間の生存本能を刺激し、その者のもつ潜在能力を引き出すもっとも有効な手段であると、個人的には思っています。やっぱり追い込まれた時の集中力って凄いもの。

また危機感は同時に、心に抱いた情熱をも高めてくれます。それはきっと生存本能と関係しているのだと思う。

生存本能が刺激され、自分の命、寿命という限られた時間を実感した時、やりたいことを後悔なくやりきろうという意欲が湧いてくる。絶対に完遂させる、諦めてなるものか、その煮えたぎるほどの情熱が、己の限界をも超えた力を発揮させてくれるのではないかと思っています。

残高は減るが、情熱は高まる。決してマイナスなことばかりじゃないんだ。

頑張れ、大矢慎吾。

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