2020/10/19

”社会人としての責任”って何なの?

 

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テーマ:生活

 

”ただ生きているだけで意味がある”

それを真っ向から否定するつもりはない。

たしかにその気持ちをもって生きることは、
与えられた命に感謝を示す良き心構えだとは思う。

とにかくガムシャラに生きることが求められた時代だったらばそれでいいだろう。

けれど、今は、違う。

なぜなら、家から一歩でも外に出れば、
不気味なウィルスが手をこまねいて待っているからだ。

だから今を生きる僕たちは、
何も考えずにただ生きればいいなんてわけにはいかない。

生きるという「現象」について、少し、立ち止まって考えてみる必要があると思うのだ。

 

 

社会に出ると大半の人は定職に就く。

誰もが当然のようにそうするけれど、
ふと考えてみれば、これは妙な話だ。

だって別に定職に就かなくとも、
路上で絵を描いていたって別にいいわけだし、
日本各地を自転車で見て回ったっていいわけだから。

それがダメだなんて法律も別に無いのだし。

とりあえずご飯さえ食べられたら死ぬことはない。

必死で頼み込めば家に泊めてくれる人もいるだろうし、
その気になればストリートパフォーマンスで飯代くらいは稼げるはず。

この平和な日本で暮らしていて野垂れ死にすることなんてまずもってない。

だから、自分の中にやりたいことがあるのなら、別に、やればいいのだ。

それでも多くの人が自由な道を進まないのは、
きっとそこに”人の目”があるからだろう。

もしくは「社会人としての責任」という決まり文句に、
ただ盲目的に従うことに慣らされてしまっているからではないだろうか。
(自分がそうだった)

すぐにでも働かなければいけない事情がある場合は別として、
とくに指示されてもないのに全員が足並みを揃えて同じ方向に進むなんて、
考えてみたら、やっぱり、妙な話なのだ。

 

 

”社会人としての責任”

その殺し文句の意味を自分なりに考えてみたところ、
「豊かな生活」というキーワードが出てきた。

おそらく、みんなが豊かな生活を送るために、
一人一人に責任が生じてくるのではないだろうか。

つまり、社会人としての責任とは、
社会を良くするために一人一人が仕事を通じて社会に貢献すること。

それが、いわゆる社会人としての責任なのではなかろうか。

だからこそ社会人はみんな働かなければいけないという話になるのだろう。

一人一人が協力しもって、みんなで豊かな生活を維持していく為に・・

要するに、僕たちが仕事をするのは、
みんなで豊かな生活を送るという『共通の目的』があるからということらしい。

 

・・あれ? なんだか凄く違和感を感じる。

豊かな生活を送るのはみんなの共通の目的・・

いや、待てよ? みんなの共通の目的っていうけど、本当にそうだろうか?

自分は豊かな生活を送りたいだろうか?

 

”僕は、本当に、豊かな生活を送りたいのだろうか?”

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