2021/08/23

結果的に長生きしたい

 

この記事を書いている人 - WRITER -

長生きをしたい。という人の気持ちがあまりよく分かりません。それを否定したいわけではありませんので悪しからず。

今が楽しくて仕方がないからこの時間が永遠に続けばいい。そのような思いが、「この人生を長く楽しみたい」という発想につながるのでしょうか。

僕自身も幸福は感じています。今がとても幸せです。やりたいことを存分にやれているし、これから先の未来を考えると気持ちがワクワクしてきます。自分はこれからどうなっていくのか。この先に一体何が待ち受けているのか。まだ見ぬ体験ほど心が高揚するものはありませんので。

けれども、その時間が永く続いてほしい、とは正直言って思いません。

なぜなら、辛いからです。

僕にとって、生きることはとても辛いことです。苦しいことです。

今この瞬間は紛れもなく幸福に違いありませんが、同時に「早く解放されたい」とも思っています。早く楽になりたい。早く自由になりたい。そんな思いを始終抱いています。鬱状態なわけではありません。至って平静です。

この世に生を受けたことはあまりにも有難いこと。また大事な妻、両親や姉などの家族の存在もあります。よって、自ら死を望んではなりません。命を粗末にしてはいけませんから。

しかしそれは、道徳上の話ではないかと思います。道徳に照らし合わせて考えた場合の〝あるべき考え方〟。誰とはなしに受けた説法によって構築された価値観。

頭で考えることと心で思うことは、違います。たとえ頭ではそう理解していたとしても、心の方もその通りになるかというと、そうはいきません。なにせ心は正直なので。思うものは思うし、思わないものは思わない。自然に生じる思いを止めることなどできないし。湧き起こる気持ちを無きものとすることはできません。

つまりは理屈によって心を欺くことなどできない、と僕は思うのです。

だからこそ、命を粗末にしてはいけないけれど、早いところこの苦しみから解放されたい。と思ってしまうのであろうと思います。心は、道徳や常識などの社会のルールに従うことなどしませんから。どれだけ無視しようが、縛りつけようが、屈することなく、それよかむしろ倍の力で反発を示してくるのが、心というものであるような気がします。

 

 

太く短い人生。

言葉にするのは簡単で、実際にその通りにするのは困難を極めますが、そんな生き方をしたいと僕は常々願っています。

だからこそ今この瞬間を生きます。大事なのは今。10年後、20年後のことなんてどうでもいい。今日を良くすることしか考えない。

そうして生きた自分の人生が、結果的に長生きすることになったのなら、それはそれでより一層の幸福を味わうことができるような気がしています。

つまりは、長生きはしようしてするものではなく、あくまで結果論でいいのかな、と。

この記事を書いている人 - WRITER -
 

Copyright© 売れっ子Kindle作家 大矢慎吾 , 2021 All Rights Reserved.