絶対的に信頼の置ける読者

 

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久しぶりの雪だった。今年はまだ降るんだ。まっこと寒い冬だこと。

風邪をひかないのがなんだか不思議。しかも夫婦そろって、もう何年も。別に鈍感な体でもないと思うんだけどなあ。まあ、妻はどうだか知らないけれど⋯⋯。

 

 

昨日初めて、自分の方から妻に提言した。

「今日のブログを読んでほしい」

それを聞いた妻は、まさか自分のことを褒めちぎった記事なのではとひとり合点し、一も二もなく了承した。

無下に否定する方がデメリットが大きいと感じた自分は、どちらともつかない微笑を浮かべたまま、妻のスマホ操作を向かいで見守った。もしそうだったとしても、わざわざ本人に読ませるなんて小っ恥ずかしいったらありゃしないだろう。「付き合いたてかっ!」というツッコミを瞬時に飲み込んだ。

該当の記事に行き着いた妻は、画面を見つめてすぐに「なあんだ」という表情を浮かべた。スネたように尖らせた口元にあからさまな落胆が浮かんでいる。期待していた内容と違ったので、ほとんど読み始めてすぐに読む気が失せてしまったに違いない。そういうことを平気でやってのけるのが、我が妻なのだ。

ところがその顔は、スマホを見たまま動かない。ゆっくりとだけど人差し指で画面をスワイプさせている。

そういえば落胆の言葉は口には出てなかった。表情に浮かんだものの発してはいない。考えるより先に口に出してしまう情緒優位の妻なのに。

その顔にチラリと目をやると、つい先まで浮かんでいたはずの色は消え、どこか真剣な表情に変わっていた。まるで喰い入るようにまじまじと画面を見つめている。こういう時は口を挟んではいけないと理解してる自分は静かに見守った。

そして都合約5分。一つの記事を読了した妻は、開口一番にこう言った。

「文章が丸くなった」

その声にはなんの響きも含まれていなかった。称賛、激励、慰め⋯⋯身内という立場ゆえの感情はなく、ただそう思った、というのが容易に伝わってきた。そもそもそういった忖度をしない妻だからこそ、感想を聞くのを望んだのだった。

素直に嬉しかった。

なによりも妻からその言葉を聞けたのがよかった。自分にとって、絶対的に信頼の置ける「読者の声」だから。

 

 

読み比べれば明瞭、数日前から文体を変えた。以前まで敬語が混じった文章で綴っていたものを、語り口調へと統一させた。

自分としてはけっこう大きな決断であるはずなのに、たいして逡巡もせず、ほとんど即断するように決めた。これまで散々苦悩を重ね、ようやく築き上げたはずの自分なりの文体を、まるでパソコンの壁紙を変えるみたいに変更してしまった不思議。ただ、なぜだか検討する余地はない気がした。確信めいた思いがそこにはあった。

この文体に変えてみて、なんだかすごいしっくりきてる。自分の言葉だし、自分らしさも出てる気がする。

苦節3年。これが〝ようやく辿りついた〟ってことなのかなあ⋯⋯。まだちょっぴり不安はあるけど。

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