自律神経失調症を退治する決意

 

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吉報、自律神経の失調が回復の兆しを見せている。非常に喜ばしいことだ。

奇怪なる体調悪化によって救急車で運ばれた先月。手足の感覚の喪失、恐ろしいほどの冷え、次第に腹部から胸部へと広がっていき、いよいよ心臓が止まってしまうのではないかと私は思った。

ところが検査してみてもどこにも異常は見られなかった。心拍数、脈拍、血圧、まさに苦悶の最中に測定したにも関わらず、それらの数値はどれも正常。血液もキレイでサラサラで、精密検査にかけた心臓も健康そのものだった。部屋を去る際、諸々のデータを確認した医療従事者らの冷たい視線が背中に突き刺さるようだった。大袈裟に救急車なんて呼んじゃってさ、と。

しかしあれは生命の危機を感じるほどの発作だった。間違いなく、卒倒寸前の状態にあったのだ。

手前味噌だが私は相当に我慢強い方だと思う。愚痴や弱音を吐くことが嫌いで、何よりも諦めることが大嫌い。また苦汁を嘗める思いもそれなりにしてきたので、雑草魂、いわゆる根性という名の根はしっかりと精神に根ざしているつもり。ゆえに、他人に助けを求めることはほとんどない。ちょっと高熱が出たと、タクシー代わりに救急車を呼ぶ者たちの報道に冷笑を浴びせた記憶もある。

そんなわけで妻に「救急車を⋯⋯」と訴えたのは異常を感じてから1、2時間経過した後だった。そこまで様子を見てさらに悪化する兆しを見せていれば誰だって呼ぶに決まっている。もしも心臓が止まり、蘇生が遅れてしまったら、助かったとしても最悪の場合、後遺症が残る可能性が濃厚となるからだ。私はまだ処女作を発表していない。そんな事態になってたまるか。

安静にしながら過ごした一週間。自身で調べた末に下した判断は、自律神経失調症だった。大きい病院で「異常なし」と診断されたのだからそうするしかない。

私が自律神経失調症について調査した限り、この病気には治療法が存在しないという見解に至った。自分で治す以外にどうしようもないということ。

私が実践したのは生活習慣の大改革。

・晴天の日はウォーキングをする
・お風呂の温度を44度から42度に下げる
・水シャワーを浴びていた習慣をやめる
・飲コーヒーの習慣を断つ
・就寝前の飲酒を卒業
・水をよく飲む
・ベッドでのスマホいじりは絶対厳禁
・就寝2,3時間前から照明の光度を緩める
・就寝1時間前から癒しのBGMを聴く
・活動時には必ず休憩時間を設ける
・都度、腹式呼吸による深呼吸を行う
・洗い物、洗濯物、掃除は真剣にやらない
・ヤフーニュースのエンタメ欄には近づかない
・怒りは溜め込まずに妻にぶちまける

──といった具合。

私の場合、交感神経優位が常態化してしまい、副交感神経の働きが鈍ることによって、自律神経のバランスが崩壊してしまったと考えられる。睡眠時間が短い、消化器官の不調、一箇所にだけ汗をかく、動悸、浮遊感、光が眩しい、雑音が耳に刺さるように聞こえる、これらの症状がそれを示唆している。睡眠の質の低下、消化器官の不調などは副交感神経に任された主要な任務であるらしい。

また内蔵機能の悪化は、もっとも弱っている器官から異常をきたすらしい。私の場合は胃腸。これはもう子供の頃から背負わされた虚弱体質の宿命でよく心得ている。察するに、先月の奇怪なる体調悪化時における胸部の圧迫感は、心臓ではなく胃の腑に起こっていたようである。ゆえに心拍数に異常が見られなかったのだろう。

そしてこの器官の悪化は、次第に近隣の器官にも飛び火していくとのこと。かつて一度も飲酒によって顔が赤くなった経験のない私の顔面が紅潮するようになった。しかもたった一杯ぽっちで。歳を重ねてこうした症状が出る場合、肝臓機能の低下が起こっている兆しであるらしい。えらいこっちゃ、肝臓は一度破壊されればもう二度と復旧しないとされている器官。このままじゃあアカンやないか。

こうして私は生活習慣を改め、本日、久しぶりに一度も目覚めることなく朝を迎えた。

頭がスッキリする感覚を得たのはいつぶりだろうか。消えなかった体の浮遊感もなくなっている。動悸も治まっている。体内に静けさが戻ったのはおそらく1年半ぶりくらいだと思う。振り返れば、作家一本生活を始めてから神経バランスの崩壊は始まったといえる。

 

皆さんも、くれぐれもお身体をご慈愛ください。

健康が生きることの目的ではありませんが、生きるなかで快楽を得るには健康が前提となります。美味しいものを美味しいと、気持ち良いことを気持ち良いと、美しい景色を美しいと、そう感じられるのは、受容器官がまだ機能しているからです。損なってしまえば、もはやそれらの感覚を得ることはできません。あるいは気持ちの面でも難しくなるのかもしれません。たしかに所詮、体は消耗品ではありますが、自身で労ってやることが肝要なのではないかと存じます。

そのためのコツは、人任せにしないこと。

お医者さんや歯医者さん、病院や医療機関、ひいては薬にすべての責任を委ねないこと。自身に責任を留保しておくこと。そういった姿勢、そしてまた思考が、己の健康体の持続期間を定めるのではないかと、個人的にはそう考えます。この時代、情報はいくらでも手に入りますので。

いかにも偉そうですね。ただ、こういったことは、経験者でないと語る資格を持ち合わせないのではないかと思います。死んでからではもうそれを語る口もありませんし。

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