身土不二が心地よい

 

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お酒を飲む時につまみを食わない。これが、飲みすぎないコツなのだと最近気がつきました。

つまむものがあると、それに合わせて酒を口に運んでしまう。一口食べたら一口飲む、という具合に。得てしてつまみの方が多いということはなく、つまみを食べ終えるまでの量の酒を飲んでしまうのが、この嗜み方の恐ろしいところ。酔い加減も十分かなと思っても、その時点でつまみが残っていると、また酒を注いでしまう。

そうしていつしか自身のボーダーラインを越えてしまい、今度は「つまみが足らない」と両者二人三脚で量が増えていってしまう。ついには次の日に残るほどの致死量に達してしまい、翌日はぐでんとした省エネな一日を過ごしてしまう。この魔の二人三脚に気がつくまでに随分と時間がかかりました。

きっと自分でもどこかで「酔っ払ってしまいたい」という現実逃避の気持ちがあったのだと思います。それでは売れっ子作家としてはダメ。日々、自身の作品を綴り、またそれを積み上げていくこと。これが大事なことであると今は思っています。

父から昨日、米と一緒にお酒が送られてきました。

我が家では、白米ではなく玄米を食しています。食習慣を変えてからもう5年以上が経ちました。妻はいまだに「白米がいいなぁ」と嘆いていますが、こればかりは亭主関白を振りかざし、一切の聞く耳をもちません。毎日口にするものはとても大事。そもそも、玄米の方が個人的には美味いと思っていますし。

これを調達してくれているのが、実家の父です。わざわざ地元の直売所まで赴いて購入してくれています。米農家さんから直接買ったその米は、やっぱり気持ち的に美味しく感じます。別にスーパーに並んだビニールパックの米と大きな差はないのかもしれませんが、茶色のガラ袋に入ったその玄米は、開けた瞬間の香りからも野生味が感じられます。できるだけ自然を感じたいという自分にとっては、それらの要素が味にプラスされているようです。

さらに地元の酒「母情」。

地元の一部地域にしか出回っていないこの日本酒が、僕はたまらなく好きです。母方の故郷近くで作られているこの地酒は、香りはすごく控えめだけど、味はとても甘い。スタンダードな純米酒やクセのある生酒で飲んでも、いずれもたしかな甘みが含んだ口いっぱいに広がります。水がとても綺麗な地域で作られているのもその理由なのでしょうか。

何より上記二つは、どちらも自分の生まれ育った土地のもの。小さい頃から飲んでいた水に、その水で育った米。どちらも自分の体をここまで作り上げてくれた食物に他なりません。

こういった地元の食材を積極的に摂取しようする考え方を「身土不二」というそうです。仏教用語らしいのですが、自然食の話とか東洋医学、またはマクロビオテックなのでよく耳にする言葉という印象が個人的には強いです。

別にそればかりを意識しているわけではないのですが、自分が毎日摂取するものは、できるだけ身土不二であることを心がけています。そうしているととても調子が良いので。なんとなく体が安心している気がするんですよね。きっと小さい頃から慣れ親しんだ味であり、また自分の体を形成してきたものだからなのかもしれません。

地元の米に、地元の酒。

それらをエネルギーとして、これからバリバリ本を生み出していこうと思う次第です。

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