金持ちはますます金持ちに。だから、何?

 

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世界の富豪トップ10人の総資産がこの2年間で倍増している。との報告書がとある機関によって提出されたそうです。このての話は、多分にバイアスがかかっているため話半分でとらえるとして、それでも偶然が複数人に起こっているのなら、それはもはや必然と考えるのが妥当ではないかと思います。

この現象をもって「貧富の格差はますます広がっている」と報道各社は形容するわけですが、ただ、その情報を受け取った我々一般人が、『結局、一部の人間ばかりが得する仕組みになっている!』と特権階級に憎しみを抱くことにはあまり意味がないと思っています。そんなのは資本主義の仕組み上わかりきったことで、自分もその恩恵に預かりたいのならば、彼らと似たようなことをするしかない。

「一部の人間のために多くの人間が損をするのはおかしい」と、この理不尽? な仕組みに怒りを覚え、勇猛果敢に資本主義社会に立ち向かっていったかに見えた者が、いつしか自身も私腹を肥やすようになり、傲慢な考えに染まっていき、ついには彼らと同様、憎まれる側に立っている。なんてのはよくある話だと思います。正義感をかざし意気揚々と業界に乗り込んだ初志はいずこへ、己が苦労して築いたものを守りたいがために、今度は自分自身が資本主義の権化と化してしまう。まさにミイラ取りがミイラに、の構図です。

「苦労して築いたものをどうして他人に無償で分け与えなければいけないのだ?」上記の人物がそう考えるのは至極まっとうで、そうであれば、特権階級たちが同じように考えるのも至極まっとうなのではないだろうか。誰もが自分だけが損をしたくはないのだから。金持ちの傲慢も、自分に置き換えて考えてみれば、それらが単なる傲慢でもないのだという現実が見えてくる。

きっと、この仕組みの中でいくら奮闘したところで、今いるところから〝あちら側〟へと近づくことになるだけなのではないだろうか。戦えば戦うほど、むしろ、あちら側に対する理解が深まる結果になるのではないかと個人的には思う。あるいはその頃には、憎しみの感情は彼らに対する畏敬の念へと変貌を遂げているかもしれない。

⋯そう、だからこそ自分はこう思います。

勝手にやってろ、と。

そんなに金持ちになりたいのならなればいい。欲しいのなら欲望の赴くままに突き進んでいけばいい。どうぞ、ご勝手に。んなこと、こっちは知ったことじゃない。

別に、他人がどのように生きていようが、自分の生きようとする道には、なんの影響も生じない。まったくの無関係。なぜなら、人生は人それぞれ固有の体験なのだから。

他人の人生に何が起こっているのかに目を向けたところで、その人の人生を代わりに体験することはできない。喜びや感動、その人が勝ち取った至高の感情を、自分も同じように味わうことなど無理な話。それならば、そちらに関心を向けたところで仕方がないじゃないか。自分の方に意識を集中させ、より多くの体験を得ることに注力する方がよっぽどいい。聞くところによればこれは一度きりしか体験できないそうだし。

「お金以外にどういう幸せがあるの?」なんて質問にも、いちいち答える必要なんかない。それを求めて日々をちびちびと生きているのだし、それに、既に答えにたどり着いていたとしても、自分の答えに相手が納得を示すかどうかはわからない。答えた瞬間、蔑みと嘲りの冷笑を浴びせられて後悔する羽目になるだけかも。なんで正直に答えてしまったんだろう⋯⋯思い出す度に怒りが込み上げるような嫌な記憶(トラウマ)が無用に一つ増えることになるかも。

たぶん、他人と共有する必要なんてないんじゃないかな。自分が分かっていさえすれば、それでいいんだと思う。

自身がその選択に心から納得し、心底満足しているのであれば、ただそれだけで必要十分だと思う。あるいは「感情」というのも、人それぞれ固有の体験なのかもしれないし。

 

金持ちがますます金持ちになろうと、どうでもいい。

自分の生きる道は自分で決める。己が向かう先を、情報なんかに左右されてたまるか。

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