AB型が多重人格と言われる所以

 

この記事を書いている人 - WRITER -

AB型は多重人格だなんていうけれど、それは物事を常に合理的思考で考えているからだ、なんて説明をするのは短絡的なAB型の主張に他ならない。などと言い切ってしまう、いちAB型の自分。

そうではなく、人生における『体験』にもっとも価値を置いているからだ、というのが自分の主張。もちろん個人的な意見に過ぎませんが、以前にテレビで「貯金額を見るのではなく使うことでしか価値を感じられない」と島田紳助氏が語っていたのを耳にし、要するに同じようなことを言っているのだろう、と子供心に感じたあの日を思い出します。

自分が直面したその場面における「最適な自分」を選択する。いわば〝モード〟みたいなことで、誰かを助けたいと思ったら「救世主モード」、チームのバランスをうまくコントロールしたいと思ったら「補佐モード」、どうあっても結果を手にしたいと思ったら「冷徹モード」を選択。そうして体験した出来事から自分なりの学びを獲得し、自分なりの哲学を構築していくことに至高の喜びを感じる。いやいや、要するにそれって合理的ってことでしょ? と一言で片付けられたらそれで終わりだけど、本質は間違いなくそこにあると、個人的には確信しています。

このようにやたらと小賢しい文章を綴っている時というのは、自分がいま「創造モード」に浸っている時を表します。いつもは簡潔な文章を意識して書いていますが、創造モードの時は、頭の中に数多の思考が飛び交っていて、とにかくうるさく、とても整理して文章に起こすことができません。これでもかなりはしょって書いています。

こうした文章は、読んでいる人に対して少し不親切で、またなんだかイキがっているように思われてしまうことは、自分でも痛いほどよく分かっています。そうした作家の文章を見た時、自分も同じように感じるからです。

しかし自分という作家が何よりも重視している「正直であること」は、決して曲げるわけにはいきません。その信念を捨てた時、大矢慎吾という作家の存在価値は完全に失われてしまいます。まだまだ書きたいことが山ほどあるのにここで終わるわけにはいかない。ということで、こんなダラダラと長ったらしい文章にて綴った次第です。

ただ血液型で一括りにするなんてまったく愚かですね。AB型の人、ごめんなさい。

この主張に大した意味はありません。たまには思い浮かんだことをありのまま書いてみたくなるのが、作家という人種なのだと思います。誰が読んでも一つの意味に感じられるもの、それはそれで大事だけど、たまには自分の好きなことも書いてみたくなってしまう。

だけどまあ、きっとあとで後悔するんだろうなあ。しかしまたそれも、リアル。

この記事を書いている人 - WRITER -
 

Copyright© 売れっ子Kindle作家 大矢慎吾 , 2021 All Rights Reserved.