2021/05/12

この苦しみにも意味がある

 

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昨日、父と1時間ほど長電話しました。

当初の要件は1分で終わったのですが、そこから話が膨らんでいき、気がついたら随分と話し込んでいました。2、30分くらいはたまにあるけど、1時間も話したのは数年ぶりです。

コロナ禍に入ってもう1年半以上会っていないので、まあ積もる話がないわけでもありません。何を話すというわけでもなく、なんとなく親子のコミュニケーションを取りたい。お互いに、そんな感じです。

父は数年前から複雑な病気に侵され、仕事も定年前に退職しているのですが、妙なことに、ここ数年の間に近所で父以外のお父さん、お母さんたちが、次々とガンで亡くなっているそうです。下手をすると毎年一人、というようなペースで。50代で亡くなった人のほぼ全員がガンなのだそう。

父も最初は「いよいよ次はオレの番やわ」などと暗い顔をしていましたが、まるで父を避けるように近所の人が亡くなっていくので、だんだんとその心境にも変化が生じてきたようです。

”病気だろうが、健康だろうが、人は突然体を壊して、死ぬ”

父のように難病でそこまで長く生きられないだろうと目されていた人が今も変わらない生活を送り、あの人は大丈夫だろうと目されていた元気印の大人たちが急に体を壊してしまう。想像とは正反対の運命が訪れる。

立て続けに起こるその現象を目の当たりにした父は、自分がいかに恵まれた人生を生きているのか、と、退職を余儀なくされた当初のネガティブな心情とは真逆の思いを感じているそうです。

もしかすると父は、自分が病気である分、人一倍自分の体をいたわって生活をしていて、そのことが当現象につながっているのかもしれない。そんなことを僕は感じました。

病気になったことで、自分の体を大切にすること、周りの人に感謝をすること、たくさんのことを学んだわ。と、父は電話で言っていました。病気と戦っている父だからこその言葉だと、僕は思いました。

 

 

病気や災いが、日々を当たり前に生きている僕たちに危機感をもたらすとして、その危機感が、人生における何かに気づかせるのだとしたら。

それらにも意味があるのかもしれない。などと思ったりします。

だから、今僕たちが直面しているこの世界にも、きっと意味があるのではないか。

僕は、そんなふうに思えて、なりません。

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