2021/08/23

この街の不動産屋さん 11の続き

 

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〜続き〜

 貸し会議室は重苦しい空気に包まれていた。

 やり場のない怒り、止めどなく溢れ出る不安、逃れられない現実が刻一刻と迫ってくる恐怖。「どうして自分たちだけが・・」残酷な政府に対する苦々しい気持ちと、倫理観がもたらす「致し方ない」という気持ちが、シーソーゲームのように浮かんでは沈む。

 集まった店主たちが抱えた思いは大きな憤りとなり、くっきりと見て取れるほどに部屋の中を埋め尽くしていた。

 「不満ばかり言っても仕方がないけれど、どうしても口を突いて出てしまいますね」

 「まあこの場所でないと吐けないですから」

 「店でも吐けない。家でも吐けない。SNSでも吐けない」

 コの字型に囲んだテーブルのあちこちから声が上がる。普段控え目である店主も今日は黙っていない。毎月定期の打ち合わせは、これまでにない白熱さを呈していた。これまでにない空気と共に。

 「店のスタッフの前で愚痴るのは、不安を余計に煽るだけですしね」

 「こっちを問い詰めるようなまねはしてこないけれど、”この店、大丈夫かな?”とは思ってますよね。きっと」

 「この店、大丈夫かな? ・・いやあ、こっちだって聞きたいよ。それは」

 高杉は少し息苦しさを覚えた。気持ちが分かるだけに閉口するしかない。

 「最近はもう、家に帰るといつも家内と口喧嘩」

 「子供の前でそんな話、したくないのにとは思うんですけどね」

 「妻に悪気がないのは分かってる」

 「こっちの立場も理解してくれてるから、直接的には言ってこないんですよね」

 「そうそう! ふとした一言に腹が立つ」

 「”やっぱり自営業って不安定だね”、とかね」

 「そんなのは最初から分かりきった話だろうが!」

 「つい、カッとなって言ってしまいますよね」

 「悪いな、とは思うんだけど」

 「どうしても責め立てられているように聞こえてしまうんですよね」

 「ここにいる人は皆んな同志です。溜まっているものを全て吐き出しましょう」

 高杉は思わず席を立って歩き出した。その様子が相手の気に障らないほどに場は白熱している。この為にですよ、と店主たちに示すように、エアコンの温度を二度下げた。

 「高杉さんのところも一ヶ月営業できないんですよね? どうするんですか?」

 ひときわ声の高い米田が高杉に問いかけた。

 「不動産屋の方はどうにもなりません。ただ、このレペゼン堀江プロジェクトを、どうにか活用できないものかと思ってはいます」

 高杉が答えると、例によってすぐさま馬場が反応した。

 「だけど高杉さん、お客さんを呼ばれても、何もサービスを提供できませんよ。どう活用するんですか?」

 決して怒っているわけではないと理解はしているが、この場の雰囲気から、どうしても咎められているような気持ちになってしまう。高杉は小さく深呼吸してから、話を続けた。

 「お客さんを呼び込むというよりも、これを母体として何かを生み出せないかな、と考えています」

 「生み出すって、何をですか?」

 「それはまだ分かりません」

 「なっ・・まあでも、考えることは大事ですよね」

 問い詰めるのは筋違いだと思ったらしい。かろうじて馬場は理性を取り戻した。

 「話に水を差すようで申し訳ないですが、私たちは店舗ありきの商売です。店のシャッターを閉められたら提供するものなんてありませんよ。まあ奈井木さんの服屋みたいに、ネット通販で対応できれば別でしょうが」

 「いやいや、うちも通販だけではとても無理です。いくら販路が充実しているとはいえ、未だに店舗接客による売上が八割を占めています。特にうちみたいな高価格帯のブランドは他との差別化が重要です。ショッピングサイトに登録したのでは、他のブランドと一緒くたに見られて、価格競争に巻き込まれてしまうだけですから」

 「そうでしたか。すいません、それは失礼しました」

 推測でものをいうのは良くない。この状況ではとくにそうである。米田が軽はずみな発言を陳謝すると、奈井木は気にしていないという感じで議論を進めた。

 「高杉さん、店舗なしに私たちが何かを生み出すのはやはり難しいですよ」

 それを受けた高杉は、腕を組んだまましばし瞑目してしまった。

 「自分たちでは無理か・・」

 そう呟いた瞬間に一つの考えが降りてきた。

 「そうだ。彼ら(ユーチューバー)に相談してみましょう」

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