2021/08/23

この街の不動産屋さん 1

 

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 「こんな時代だからこそ地域に密着した不動産屋が必要なんだ」

 高杉陽一は真っ新なカウンター越しに己の信念を声高に告げた。二人の従業員は上ずった社長のその言葉を素直にノートに書き留めた。一番最初に一番大事なことを言っておく、という高杉からの前置きがあったからだ。

 「何か質問はありますか?」

 高杉が投げかけると、大きな瞳と目が合った。

 「まずは何から始めればいいですか?」

 小麦色によく焼けた肌がカウンターの照明に照らされて艶やかに映る。この一目で与える元気娘の印象が、川上恵子を採用した決め手だった。快活であることは部屋探しのアドバイザーとして重要な要素なのだ。

 「とりあえず近隣の店に挨拶回りをしましょうか。もし興味をもった店主がいたら、その場で登録してもらってもいいです」

 「分かりました。じゃあ大沢さん、どうしましょうか? エリアを分担して進めた方がいいですかね?」

 「そうしましょう。北堀江と南堀江でキレイに分割されているからちょうどいいですね」

 大沢慎一郎は川上の提案にすぐさま同意した。大沢の方が年上で業界経験もあるが、川上の積極的な姿勢に水を差すまいとしたのだ。控え目なわけではなくおおらかな態度。その相手を包み込むような穏やかな人間性も、アドバイザーとしての重要な要素に数えられる。大沢のその立ち振る舞いに、自分の見る目に狂いはなかったと高杉は心の中で思った。

 「では早速始めましょう。みなさん、今日からよろしくお願いします!」

 その声を合図に二人は店を飛び出していった。快晴の空が二人の後ろ姿を見守っている。降りそそぐ陽光が希望の光に映ったのはきっと高杉だけではないはずだ。

 「・・うまくいくかなぁ?」

 「大丈夫さ。俺たちなら絶対にできるよ」

 「だけどまだ前例が無いからな」

 「前例が無いからいいんじゃないか。ここに目をつけた不動産屋がまだいないってだけだよ。ある意味でこんなのは早い者勝ちだよ。先にやった者勝ち。気付いた時点でオレたちは勝機を手にしたんだ。それを実際に行動に移したお前がやっぱり凄いけどな」

 「最高の女房役がいるからな。瀬下、本当に、よろしくお願いします」

 椅子から立ち上がった高杉は仰々しく頭を垂れた。

 「何だよ、あらたまって。まあこちらこそよろしくお願いします、社長」

 瀬下孝史も元同僚の所作に習い深々と頭を下げた。

 「今まで通り高杉でいいよ」

 「ダメだ。それでは下の者に示しがつかない。こういうのはちゃんとしておいた方がいいと思う」

 「そうか。お前が言うなら、そうする」

 「みんなの前では敬語で喋るよ。威厳を欠いたら社長はお終いだ。フランクな会話はなるべく二人の時だけにしましょう」

 「了解しました」

 高杉は内心ほっとした。瀬下に限ってはないだろうと思ってはいたが、なあなあの関係を引きずってしまわないだろうかと少し懸念していたのだ。会社経営に友人関係を持ち込むと大概失敗する。知り合いの社長から受けた助言は高杉に嫌な未来を予感させていた。

 「彼らへの営業指導やその他雑務は任せて下さい。面倒事は全て私が引き受けます。社長はとにかく思い描いたビジョンを明確に示し続けて下さい。進むべき方向が分かれば、やるべきことも自ずと明確になると思いますので」

 「流石ですね。助かります」

 高杉の心配は杞憂に終わった。そして優秀な参謀を得たことに心から感謝した。

 「では私は家主さんへの挨拶回りに行ってきます。一時間後に打ち合わせでしたよね?」

 「そうそう。プログラマーさんです」

 「早いところ始動できるといいですね」

 「ここまで綿密に準備をしてきたからな」

 「・・いよいよ形になるんだな。いやぁ、ワクワクするな」

 思いを巡らせるように瀬下は目線を上方にやった。

 「構想三年、準備に三年。実質的には店舗の空室待ちと銀行融資を取りつけるのに要した時間だけど、着想から随分と時間がかかってしまったな」

 高杉も天井を見上げ、今日までの日々を振り返った。決して平坦な道でなかったことは言うまでもない。

 「忍耐が続くのが凄いよ。オレにはとても無理だ」

 「三十一にして借金三千万。震えが止まらないよ」

 「大丈夫。あれだけ二人でシミュレーションしたじゃないか」

 「だけど、もしもシミュレーションした通りにいかなかったら・・」

 高杉が肩を落とすように言う。そんな高杉の一面さえも十分に理解している瀬下は、相手を鼓舞するようにして言った。

 「いつも楽観的なお前がなに最初から弱気になってんだよ。部屋探しだって想定通りに進むことはないだろう?」

 「そうだけどさ」

 「大丈夫だよ。もしも失敗したら、また営業に戻って稼げばいいんだから。命まで取られることもないだろうしさ」

 「・・そうだよな。まあ、なんとかなるか」

 「みんなを引っ張っていってもらわないといけないんですから。お願いしますよ、社長」

 「オーケー。ちょっと気合いを入れ直します。・・絶対に上手くいく!」

 「その意気ですよ」

 

 

 「現在の稼働状況はこんな感じです」

 プログラマーは時間通りに店にやってきた。高杉はプログラマーの持参したラップトップのパソコンの前に座ると、画面に表示されているウェブサイトをじっくりと眺めた。トップページの上部には「レペゼン堀江」という赤黄緑のポップなラスタカラーの文字が踊っている。

 「とってもワクワクするデザインですね」

 「新設されたテーマパークのようなイメージで作りました」

 「まさに我が社のコンセプトに合致しています。素晴らしいです」

 マウスパッドに指を置き、高杉は思うがままにそれをクリックして眺めた。具現化されたイメージに触れるのは今日が初めてだった。シミュレーションのために低予算で作ったサイトとは全く物が違う。サイトの訪問者が感じる高揚感も、仮想体験による臨場感も。

 高杉が感慨にふけっているのを感じたのか、横並びで画面を覗き込んでいるプログラマーが、少し遠慮気味に尋ねた。

 「・・しかしどうして”レペゼンお部屋”なのではなく、”レペゼン堀江”なのですか?」

 レペゼンとはレプリゼント(Represent)という英単語が現代語として広まった言葉だ。直訳すると「代表する、代理する」といった意味になり、所属する団体や出身地への郷土愛を示す形で用いられる。「レペゼン◯◯」と言えば「◯◯を紹介します」というニュアンスにもなる。若者言葉ではあるが、新しい形の不動産屋であることを示す意味で高杉は採用した。

 部屋探しを担う不動産屋が空き部屋を”レペゼンする”のは当然のことだ。だからどうしてレペゼンお部屋ではないのか? というのは自然な疑問だろう。サイトの名称の重要性を熟知しているプログラマーなら尚のことだ。

 その疑問に対して、高杉は意味ありげな微笑みをたたえて答えた。

 「うちはね、空き部屋ではなく『この街』を紹介するんですよ」

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