2020/12/23

この街の不動産屋さん 4の続きの続き

 

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〜続き〜

 「すいません、お楽しみのところを邪魔してしまって。会話の内容を聞いてもしかしたらと思いまして」

 歳は四十前後だろうか。口元に蓄えられた髭はこのイタリア料理店の雰囲気と絶妙に調和している。髪型と同様に全体が短く刈り整えられ、緩やかに傾斜した三角のあご髭が角ばった顔の輪郭を引き立たせる。この人の焼き上げたナポリピッツアは美味しいに違いない。四人は小一時間前に味わったマルゲリータを連想した。

 「そうです。仰る通り、この近くにオープンしたこの街の不動産屋という店の者です」

 高杉が少し背筋を正しながら返答した。

 「やはりそうですか。うちのスタッフたちの間でちょっとした話題になっていたんです。あっ、申し遅れました。店長の加藤と申します」

 高杉はすぐさま立ち上がり、掛けていた上着から名刺入れを取り出した。

 「店長の高杉と申します。先月からこの堀江の街にお邪魔させていただいてます」

 お辞儀と同時に名刺を差し出す。こういう場合に社長とは名乗らない。経営者であることよりも店の責任者であることを伝える方が適切だ。相手もこれと同様の可能性は大いにある。

 「頂戴します。すいません、私の名刺は後日あらためてお渡ししてもいいですか?」

 「ええもちろんです。こんな形でご挨拶してすいません」

 ここで自社の活動をアピールするのは相手に迷惑だろう。楽しい食事中にビジネスマンの商談など誰も聞きたくはない。

 「とても美味しいマルゲリータをありがとうございました」

 「気に入ってもらえましたか?」

 「それはもう。全員大満足でいただきました」

 高杉が目線を自社の従業員へやると、全員が笑顔でこくりと頷いた。

 「めちゃくちゃ美味しくいただきました。絶対にまた来ます」

 川上が素直な感想を店長の加藤に告げた。酔いが手伝って少し表現が大きくなっているだけだ。

 「それは良かったです。ぜひまたいらして下さいね」

 「ナポリピッツアというとイタリアの家庭料理のような感じになるのでしょうか?」

 瀬下がインターネットで仕入れた知識の正しさを確かめるように聞いた。

 「そうですね。マルゲリータ自体が家庭でもよく作られるピザなのですが、具材をたくさん乗せて食べるローマ風に対して、生地を楽しむナポリ風のピザは家庭料理に近いのかもしれません。ただその分、焼き方によって大分味が違いますが」

 「家庭料理でも職人の技によってご馳走になるんですね。それをこの街で味わえるなんて本当にありがたいです」

 「そう言ってもらえるとわざわざ釜を設置した甲斐があります」

 今や釜焼きのピザを売りにしているイタリア料理店は大して珍しくはない。とはいえその味とはどこででも巡り会えるものではない。だいいち、この店は昨日今日この街にオープンした新顔ではない。

 「また今度妻を連れてきます」

 きっと妻もこの店を気に入るだろうと高杉は思った。最近はめっきり顔を合わせる機会が減ってしまってはいるが。

 「ぜひ連れていらっしゃって下さい。ちなみに、今日は歓迎会か何かですか?」

 「そうなんです。店のオープンからもう一ヶ月経つのですが、まだ一度もそういった会をしていなくて。ようやく今日を迎えた次第です」

 「そうだったんですか。一番最初の歓迎会にうちを使ってもらってありがとうございます」

 「満場一致で決まりました」

 「そうですか。それはそれは、ちょっとした記念ですね・・うーんと」

 店長の加藤は何かを考えるような素ぶりを見せた。ところが、

 「またぜひいらして下さいね。お待ちしております」

 そう挨拶すると厨房の方へと引っ込んでいった。

 「それではそろそろお開きにしましょうか。英気も養えたことですし、また明日からもよろしくお願いしますね」

 その高杉の挨拶をもって歓迎会は締めくくりを迎えた。

 

 

 「ふわあああ。ふぅ・・」

 川上の大きな欠伸が店内にこだました。思わず隣にいた大沢が川上の肩を小突く。

 「こらこら、そんなに堂々とするもんじゃないですよ」

 「すいません、ついつい。あんなにワインを飲んだのは初めてだったので」

 「まあ、たしかにちょっと、マルゲリータに煽られた感じがありますね」

 「ワインとピザの組み合わせって、どうしてあんなに合うのかな。いや恐ろしい。飲み過ぎ注意ですね」

 「僕も昨日は久しぶりに量を飲みました。おかげで危うく寝坊するところでしたよ。途中でオレンジジュースに切り替えてなかったら・・」

 大沢が言いかけると店の入り口のドアが開いた。

 「いらっしゃ・・ああ、どうも」

 川上が歓迎を告げようと振り向いたそこには、昨日の夜出会ったダンディなピザ職人が笑顔で立っていた。

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