2021/08/23

この街の不動産屋さん 7

 

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 約束の日の朝、高杉が出勤すると従業員の顔は三つあった。

 「おはようございます」

 活気に溢れた男女の混声が社長を迎えた。心なしか声が弾んでいるように聞こえる。

 これから全員で朝礼を行い、店内を清掃した後で開店準備に取りかかる。開店は午前十時。いつもは朝礼開始十分前に出勤してくる川上と大沢の両名が、施錠係の瀬下と共に揃い踏みである。まさか押し並べてたまたまということはないだろう。

 「ご来店は十五時ですよね?」

 川上が待ちきれない様子で高杉に尋ねた。大沢も川上の背中越しに目線を向けている。

 「どんな話をされるんですか?」

 高杉が頷く間もなく川上が問いを重ねる。はやる気持ちを抑えることができないらしい。まったくせっかちな元気娘である。

 「大丈夫ですよ川上さん。社長に全てを任せましょう」

 瀬下が諭すようにカウンターの端から声をかけた。おそらくその言葉は大沢にも向けられていたのだろう。とにかく二人とも、やたらと落ち着きがない。

 「ついに始まるのか、と思うと昨日から興奮が収まらなくて。今日は実質的なプロジェクト会議じゃないですか。僕たちも内容を知っておきたいんです」

 大沢が珍しく自分の主張を譲らない。ようやく本来の目的にこぎ着けたという思いがあるのだろうか。かの有名な賃貸のグランディアを離れた意味を明らかにする機会の到来。それが、彼の鼻息を荒くさせているのかもしれない。

 「まあまあ。今日はそこまで具体的な話はしませんから。ちょっとした聞き取り調査と確認をするだけです」

 高杉が述べたように、本日十五時からの加藤店主との打ち合わせは、互いの意思疎通を図る目的で行われる。高杉の方から約束を取りつけたわけだが、加藤の方でも質問事項はいくつかあったらしい。ぜひやりましょうという積極的な返事であった。

 加藤はランチタイムの営業を終えてこちらに来店する。数時間後には夜の営業が始まるため、仕込みや開店準備のことを考えればあまり詰めた話はできない。ゆえに今回は、詳細よりも大まかな方向性を決めることが求められるだろう。

 「今後、二人の出番はいくらでもやってきます。今日はとりあえず話を聞いていて下さい」

 

 

 イタリア料理店店主の加藤は時間通りにやってきた。川上が出したお茶を味わっている。

 「それではレペゼン堀江、第一回の打ち合わせを始めましょう。よろしくお願いします」

 高杉のこの一言によって、五人を乗せた希望の船は、ようやく大海に向けて運行を始めた。

〜続く〜

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