2021/08/23

この街の不動産屋さん 8の続き

 

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〜続き〜

 「まあまあ。まだ実際に稼働しているわけではないですし。とりあえず、集まったメンバーを紹介しますね」

 イタリア料理店店主の加藤が興奮する男をなだめた。紹介者としてひとまずこの場では中立的な立場でいてくれるらしい。

 「ご覧の通り、今日集まったメンバーは私を含めて六人です。十分前までは八人いましたが」

 月額会費の話をしたらとっとと帰ってしまいました。ということだろう。たしかに怒声を上げた男と逆側の端っこには不自然な空間が空いている。高杉がそちらに目をやると大粒の雨が窓を打っており、嵐が通り過ぎるのを待つことすらしなかったのかと思った。

 「窓側の方からダイニングカフェ店主の米田さん。ラーメン屋店主の支那さん。居酒屋店主の朝日さん。ケーキ屋店主のピエールさん」

 この喫茶店の奥には広いテーブル席が二つ並んでいて、高杉たちはそこを貸し切る形で打ち合わせを行なっている。壁側の長いソファーに集まった五人の店主たち、テーブルを挟んで向かいの椅子に高杉と加藤がそれぞれのテーブルに着いている。企画者、紹介者、興味をもった者たち、各々の立場が明確になっていて分かりやすい。特に一番端にいる男については。

 「そしてこの方が、美容院を経営されている馬場さんです」

 馬場はちらりと高杉を見ただけで挨拶もしない。その内側を堅守するかのように胸の前でがっしりと腕を組んでいる。加藤が端に配置させたのか、適度な距離を保つために自分から離れたのかは不明だ。

 できるだけ多様な店の店主に声をかけてほしい。その高杉の要望に加藤は忠実に応えてくれていた。とくに美容院経営者がここにいることは非常に重要な意味をもつ。

 「高杉さん。事業の詳細よりもまずは動機から説明してもらえませんか? このまま話を進めても、高杉さんが余計に誤解されてしまうだけですから」

 「分かりました。ありがとうございます」

 ここは加藤の助言に従って進行した方が良さそうだ。彼はこちら側と店主側のどちらの気持ちも理解しているはずだから。

 「私が最初に思ったのは”このままで済むはずがない”ということです」

 唐突な出だしに五人の店主は眉をひそめた。

 「今や娯楽を楽しむにあたってお金はほとんど必要ありません。若者のテレビ離れという言葉が聞かれなくなって久しいですが、もはや映像はインターネットを通じて楽しむ方が一般的だといえます」

 数十年前にテレビを観ない若者の増加がやたらと問題視されていたが、あれは視聴率低下に危機感を抱いたメディア側が意図的に煽動していたのかもしれない。現在”存続の危機”を訴えている他の業界の様子を見ていると、彼らがそうした理由にも頷けるところはある。

 「その変化がもっとも分かりやすいのは音楽の鑑賞についてでしょう。CDの購入からダウンロード形式に代わっていき、今では月額たったの数百円で数々のアーティストの歌をいくらでも鑑賞することができます。もはや自分で所有する必要すらもありません」

 アップル社が定額料金による聴き放題のサービスを開始した際、世界の著名なアーティストたちの多くが楽曲の提供を拒否したらしい。自分の作品がそのようなサービスに一律に統合されるのは誰もが嫌がるだろう。

 ところが今ではほとんどのアーティストの楽曲が月額配信サービスに提供されている。日本ではあのミスターチルドレンが楽曲を提供したことで一時期話題となった。

 「音楽、映画、ドラマやバラエティなどのテレビ番組、私たちが日頃楽しんでいる娯楽の多くが、定額料金サービスへと統合され始めています」

 「それは娯楽の話でしょう? 私らの業界とは関係ありません」

 反論を示したのは高杉の前に座っていたダイニングカフェ店主の米田だった。

 「私たちは飲食業界、ひいてはサービス業ですよ。エンタメの世界とは事情が違います」

 その反論はもっともらしく聞こえる。けれども高杉は落ち着いていた。

 「本当に無関係だと思いますか?」

 「えっ?」

 「飲食業も広い意味では娯楽ではありませんか? そもそも生活必需品ではないので毎月の必要経費ではありません。別に利用しなくてもいいわけです。わざわざ利用するのは、そこにストレス発散や癒しなどを求めているからではないでしょうか」

 「うーん、それはどうでしょうか。たしかに癒しという意味では同じですが、音楽を聴くこととコーヒーを飲むことが同じだとは思えません。だってコーヒーは”形ある物”を提供しているわけですから。音楽とは価値が違います」

 その反論も高杉には予想されたものであった。

 「”形ある物”に価値があるという考えは、個人的にはもう捨て去るべきだと思っています」

 「何ですって?」

 「家電業界をみればそれがよく分かります。インターネット通販サイトのAmazonでは、割安な中国製品が家電製品の売上の上位を占めています。以前までは安かろう悪かろうの欠陥品というイメージが強くありましたが、今では格安で一定程度の機能をもった家電が多く販売されています」

 「だけど日本製の家電の方が圧倒的に機能がいいでしょう? それに壊れにくいですし。私は中国製の商品はなるだけ避けるようにしていますね」

 「高額な家電はそうだと思います。けれども少額の家電、あるいはワンシーズンしか使わないような家電などは、安価なものでも別にいいと考えませんか? それらすべてを国産かどうか確認していますか?」

 「いや、そりゃあ全部ではないですけど」

 「もはや”良い物”の感覚は以前とは大きく変わっています。安くてそこそこ使える物。いわゆる”コスパ”がいい物が多くの人から支持を得ているのではないでしょうか。洋服や家具などはまさにそうですよね。極上ではないけれどコスパがいい物。ユニクロやニトリなどの商品がそれを象徴しています」

 「それは分かりますよ。でも、だから何だと言うのですか?」

 「要するに、もはや『物そのものには価値がない』ということです。いくら自分たちが”良い物”を提供していると思っていても、相手が感じている価値はまったく異なることが往々にしてあります。そこまで味が美味しくなくても、安くてそこそこの味のコーヒーだったらそれでいい、と言う人もきっとたくさんいます。けれどコスパでは大手企業や中国製品には絶対に敵いませんので、同じ土俵に立っていたらいつか淘汰されてしまいます」

 高杉の話を完全に納得したわけではなさそうだが、ひとまずダイニングカフェ店主の米田は口をつぐんだ。

 「単に物やサービスをそのまま提供するのではなく、何か別の価値を与えなければいけません。そのための月額一万円なんです」

 高杉が熱弁を奮ったがすぐに端から反論がきた。

 「そもそもね、あなたの企画には最初から穴があるんですよ」

 

〜続く〜

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