2020/10/19

ただ生きる事に意味はあるのか?

 

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テーマ:生活

 

生活、つまり生きる活動とは何なのか?

その答えは10人いたら10通りの答えが出てくるだろう。

文明が起こってもう何千年と僕たちは歩んできたのにも関わらず、
未だにハッキリとした答えを出せずにいる。

ただ、ハッキリしない原因はハッキリしている。

『生きる意味が無いから(決まっていないから)』だ。

僕たちは何のために生きているのか?
その意味が存在しないがために見解の相違が生じてしまう。

いわば、目的がないのに手段を考えているようなもの。

目的地が決まっていないのに「どう行くか?」を考えるのは無理がある。

 

 

こんな話、普通は疑問に思わないのかもしれない。

「ただ生きていることが幸せじゃないか。贅沢を言うな」

団塊の世代の諸先輩方に言わせればそういう話なのだろう。

けれども僕は、その”生きてるだけで丸儲け”的な考え方に対して、
どうも昔から反発心を感じずにはいられない。

 

”ただ生きていることに意味はあるのだろうか?”

 

何も考えず惰性のように生きる人生。

与えられた仕事を黙々とこなす日々。

たしかにそれは、与えられた命に感謝を示し、
天寿を全うしようとする姿勢だとは思う。

そのお陰でこの国の経済は大きな発展を遂げた。

そうなったのは間違いなく、
諸先輩方の注いでくれた心血の賜物だ。

今の僕たちの生活はお父さんお母さんの頑張りの上に成り立っている。

本当にこれは平和で豊かで、素晴らしい生活だ。

もう平和すぎて頭がボケてしまいそうなほどに・・

与えられた仕事をこなしていればお金は貰えるし、
それらしい幸せも手にすることができる。

そこそこ勉強して、そこそこ遊んで、そこそこ仕事をする。

何も考えずに惰性で生きたとしても、
妙な道に進んでしまうことはまずもってない。

とりあえず周りに合わせておけば間違いはないのだから・・

 

 

猪突猛進の時代を経て今がある。

きっと昔は立ち止まる余裕もないほどに目まぐるしい時代を生きていたのだろう。

その後に生まれた僕たちは、
あらゆるものが満たされた時代を生きてきたし、また生きている。

効率化の恩恵によって時間もたっぷりと用意されている。

多くの場合、その時間はスマートフォンに搾取されてしまっているけれど、
画面から目を離してどこか別の部屋に置いてしまえば問題は即座に解決する。

諸先輩方に繋いでいただいたこの時代は、
もはや以前とはまったく様変わりしている。

もう、あの頃とは違うのだ。

時代の変化に合わせて、そこに生きる者たちの価値観も変化するべきだろう。

そう、だから今こそ、僕たちがじっくりと考えてやろう。

目の前のタスクを一旦置いておいて、
落ちついた空間で一人じっくりと考えてやろう。

おまけに今は自粛、自粛で、半分軟禁状態のような生活を強いられている。

お父さん、お母さん、おじいちゃん、おばあちゃんたちができなかったことを、
僕たちが代わりにやることにこそきっと意味があるはずだ。

 

生きる活動とは、
「生きる活動とは何か?」を考えることが、
その最初の一歩になるのではなかろうか。

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