2021/05/12

もしも職を失ったなら

 

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データがないので正確には分かりませんが、きっと今仕事を失って絶望している人が少なくないのではないか。と思います。

僕も半年前まで派遣社員をしていました。自分から契約終了を告げた形でしたが、もしも続けていたらどうなっていたか分かりません。あるいは派遣先からクビを切られていたかもしれない。ちょうど去年の今頃に緊急事態宣言が発令されて、派遣先の対応を見ていた時に”もう終わるだろうな”と感じていました。

もしも職を失ったら・・

一般的には、速やかに次の仕事を探すのだろうと思います。お金がなくては生きていけない。早いとこ収入の柱を確保しないと、普通の社会生活を送ることができなくなってしまう。一も二もなく今すぐハローワークに行け、と。

けれども僕は、そうは思いません。誤解されるのを承知で言いますと、職を失うことは「いい機会だ」と、僕は思っています。

 

 

安定した生活はとても心地良いですが、その弊害もあると思います。

”考えなくなる”という弊害です。

緩やかな波にたたずんでいればそのまま老後までいける。というのはちょっと現実味が無くなってきました。今僕たちは日々選択に迫られています。決断を求められています。何も考えずにのほほんと生きているわけにはいかない感じです。

そういう状況下で、できるだけ選択をしないように、自身で決断するのを避けるようにするためには、ひたすら多数派に合わせているのがもっとも楽です。とりあえず周りに合わせておけば無難だと思いますし。

ただ、もしもそれを「無思考」でしていたとしたら、それは安定の弊害にやられてしまっている。と言わざるをえないと思います。

僕たちは『社会』と、一人一人の『人生』とを、天秤にかけながら今を生きています。

あらゆる言動・行動について、社会はどうだろうか? 社会にはどう見られるだろうか? と、常に社会と照らし合わせながら、行動を起こしています。いま社会を完全に無視して生きている人はまずいないはず。

そこには自分の欲望、自分の価値観との葛藤があって、仕方なしに我慢をしたり、何かを断念したりしています。自分の人生と社会とを天秤にかけて、そのうえで物事を選択している。それが、今の僕たちの行動パターン、思考パターンです。

つまりは迷ったり、葛藤したりしていることこそが、今の僕たちにとっての正しい状態です。

もしもそのような迷いや葛藤が無くなり、無思考で自分の行動を決断するようになったとしたら、それはきっと社会のことしか考えなくなったのだと思います。

自分の人生について考えることを放棄したのだと思います。

 

 

もしも職を失ったら、否応無しに自分の人生を真剣に考えないといけなくなります。だから、それはとても苦しい出来事だとは思いますが、環境が強制的に与えてくれた良い機会なのではないか、と僕の場合はそう思います。

社会のことを考えて生きるのは大事だと思います。けれども社会がすべてになってしまったら、それは間違いなく”異常”な状態です。

僕たちには一人一人の人生があり、一人一人違う生き方があります。

社会と照らし合わせながら迷い、葛藤し、そうして行動の決断を下していく。

それこそが正常であり、自然だと僕は思います。

 

だからこそ、僕たちに対して一律に何かを求めるのは、不自然な生き方の強制である。と、そのように思います。

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