作家という奇妙な職業

 

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お前はどうして作家をやるのか?

お前はなんのために本を書くのか?

自問自答を繰り返し、苛立ち、妻を傷つけ、また自分に嫌気がさす。自責の念が生きることの辛さを際立たせる。生きることはどうしてこんなに苦しいのだろうか。どうしてこんなに辛いことばかり体験させられるのか。

自分の過去のブログを見返したら涙が流れた。

こんなにちゃちで、下手くそで、拙い文章なのに、こんなに真っ直ぐで、情熱的で、エネルギッシュな言葉を吐いていた自分が嘘のよう。

どうしてこんな風になってしまったのだろう。

何にそんなに引っかかっているのか。どうして気持ちの整理がつけられないのか。

答えは出ぬまま、いつの間にか眠りについた。

 

 

以前から、この「作家」という奇妙な仕事に悩まされていました。

作家は自分の価値観、考え方、意見を、興味深い物語に昇華させて本を書く。その世界観には著者のメッセージが自然とあらわれる。そこに読者は共感し、感動する。

他方で・・

読者を感情移入させる物語を描くためには、登場人物や設定など、リアルで的確な描写が必要になる。他者の気持ちを動かし、他者の感性に訴えるためには、第三者的な視点が必要になる。つまり狭い視野ではちっぽけな物語にしかならず、単調で、ちゃちな物語に落ち着いてしまう。そんな本ではお金を払う価値はない。だから作家は広い視野をもち、広い価値観、考え方を有する必要がある。いわゆる「メタ認知」という第三者的な視点で世間を見る力が必要とされる。

要するに、熱い情熱をもって伝える主観的な視点をもちながら、同時に世の中を冷静に分析する客観的な視点をももっていなければならない。

そこに大きな弊害が生ずる。

第三者的な視点で客観的に物事を見ていると、自分の意見というものが失われていく。

「どの立場の人の気持ちも分かるよね」となったら、どんな考え方であっても肯定できてしまう。なぜなら、正しいとか間違っているという話ではなく、その人物がどう生きたいのか? という話だから。みんな違って、それでいい。

その結果、自分の主張が失われていく。別に価値観や考え方なんて、人それぞれでいいのだから。わざわざ己の意見を人に主張する必要などない、と・・

その主観的視点と客観的視点の狭間にいて、自分はどの立ち位置でメッセージを発信すればいいのか? 大矢慎吾という作家は何を主張するべきなのか?

この「作家」という奇妙な職業を全うするにあたって(とくに小説を書く際に)、どうやって自分の心に整理をつければいいのか。

その答えが見つからぬまま、ありきたりなメッセージを発信するに至っていました。

 

 

朝、目を覚ました時、問題は解決していた。

自分の意見を主張しない作家など必要ない。自分の考えを発信しない作家・大矢慎吾など必要がない。

「みんなを楽しませたい」

本当か? 本当にそれがお前の望みか? 本当にそんなことのために小説を書きたいのか?

いや、違うだろう。

お前は人に影響を与えたいから作家になったのだろうが。多くの人の人生に少しでも何かを感じてもらいから本を書くのだろうが。人を楽しませるのは、そのための手段の一つに過ぎないだろうが。

本音を言え。正直になれ。偽りの仮面を脱ぎすてろ。

 

 

自分の考えを主張をしない作家など必要はない。

それが、僕の導き出した「作家」の答えでした。

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