2021/08/23

受け入れる勇気

 

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僕はポジティブという言葉があまり好きではない。

ポジティブというのは、
あるものを全部無いものとして考えようとするものだ。

僕にとってそれは、
少し現実から目を背けているような感じがしてしまう。

たしかにポジティブな考え方に救われる場面は多々あるけれど、
ポジティブだけで人生を生きるのは僕の価値観には合わない。

 

 

死に至るような病気にかかった時、
人はよく「自分はこの病気に打ち勝つ!」などという。

病気に勝利して健康な体を取り戻そうということだ。

ただ、元気に戻れたならばいいけれど、
そうでなかった場合はどうなるのだろう?

その時は病気に負けてしまったことになるのだろうか?

まるで”己の運命に敗北してしまった”かのように・・

僕の価値観からすると、病気に負けるとは、
病気によって自分の生き方を変えたり
本来の自分を見失ってしまうことをいう。

「この病気のせいで・・」

悲観的になり、生きる気力をまるで失ってしまった状態。

闘病生活にあえて勝敗をつけろというならば、そういう基準で考える。

もしも僕が同様の病気にかかった時は、
自分が病気にかかった事実をまずは受け入れたいと思う。

そしてそのうえで、
自分が病気を患った意味やその価値を考える。

そして最終的には、自分なりの結論を見出し、
病気で死ぬかもしれない己の運命と付き合っていこうと考える。

要するに、”治すことがゴールだとは考えない”ということだ。

自分の価値観にはその方が合っている。

そんなのは病気にかかったことがないから
言えるだけのことなのかもしれない。

それでも、僕自身はそうでありたいと願っている。

 

 

僕たちは起こった出来事に対して、
嫌なこと、悪いこと、ダメなこと、
そんな善悪をつけて対処をしようとする。

嫌なことなら解消を目指し、
悪いことなら是正を目指し、
ダメなことなら禁止の決断をする。

だけど、その対処の仕方は、
最終的に「勝ったか負けたか」に行き着く。

その通りの結果になれば勝ちだし、
その通りの結果にならなければ負け、という具合に。

勝てば達成感を味わうことができるだろうけど、
負けた場合は惨めさと悔しさに苛まれることになる。

それってなんだか勿体ない。

それだとまるで、それまでの時間(人生)が
無駄だったように感じてしまうからだ。

 

 

僕は嫌な出来事と戦うような対処はしない。

嫌なことも、悪いことも、
その全てを受け入れようと考える。

起きた出来事と真っ正面から向き合い、
そして全てを受け入れて生きていく。

そうすればたとえ自分が思うような結果が得られなくとも、
体験したその出来事から学ぶことが必ずある。

全てを受け入れる覚悟があれば、
とんな人生からでも幸福を感じることができるのだ。

 

必要なことはたった一つ。

自分の健康や自分の命よりも、
自分の「人生」を最重要に考える”勇気”をもつことだ。

これからの時代を生きる僕たちに必要なのは、
この『受け入れる勇気』をもつことではないかと個人的に思っている。

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