2021/05/12

変わらないのは不自然なこと

 

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生きるうえで自分の価値観を固定させてはいけない。これは、個人的に意識していることです。

今の人生を変えたいなら執着している価値観を手放すことが必要だし、逃れられない葛藤や苦しみから解放されるためには価値観を変える勇気が必要になる。これらも大事にしている教訓です。

僕たちは、生きていくなかで価値観を形成させていき、それを元に物事を判断するようになるのだそうです。

自分にとって良いことか・悪いことか、正義なのか・悪なのか、正しいことなのか・間違っていることなのか。それらの判断はすべて、己の中に形成された価値観と照らし合わせて行われるのだそう。

そして多くの場合、価値観の形成は、30代半ばまでにおおよその完成をみるのだそうです。つまりは、誰しもが40を迎える前には自分の人生観というものが形成され、以降は自分なりのものの見方ができるようになる。ということです。

要するに、僕たちは40歳までに人間ができあがる。という話です。そこから先は遅滞なく人生を泳いでいくことができる。悪くいえば惰性で生きていくこともできる。

歳をとればとるほど、新しいことに挑戦するのが億劫になるし、環境の変化に対して抵抗を感じるようになります。新たな知識の習得とか、新たな人間関係の構築とか、なんだか面倒くさいなぁと感じてしまう。もうTikTokとか、クラブハウスとか、さっぱり分かんないですもんね。まったくついていけない。いや、ついていく気が一切起こらない。別世界の話みたいに感じます。

それら流行りのものや、若者の文化に関しては、まったくもってどうでもいいと思いますが、世の中で起こっている出来事に関しては、できるだけ意識を向けるようにしています。やはり生きている限りは社会の変化というものを無視できないと思っているからです。

月並みな言い方ですが、時代は絶対に変わります。環境も変わります。

僕たちが変わることを望まなくとも、僕たちの周りに存在するあらゆる物事は死ぬまで変化を続けます。固定されているものなど、この世界に何一つとして存在しません。

もしも固定されるものがあるとすれば、それは人の中に存在するものです。人の価値観であり、考え方です。

絶えず変化し続けることが自然だとするならば、変わらないことは不自然だということです。何かに固執したり、こだわりを保持し続けたり。

それも一つの生き方だと思いますが、ただ、不自然な考えや行動は、僕たちを大いに苦しませます。悩ませます。悲痛なほどに悲しませます。

そうなるのはきっと、逆らっているからだと思います。何に逆らっているのか? と聞かれても分かりませんが。しいていうなら、自然。

自然は絶えず形を変えていて、僕たちはその環境の中に「人間」として存在し、それぞれの人生を体験しています。

変化し続ける環境に対して、そこに存在している自分たちを変化させるのか、あるいは変わらないことを正しいと信じ続けるのかどうか。

それは社会ではなく『自分次第』だと僕は思っています。

 

 

こんな生き方をしなければいけない。こういう考え方をしなければいけない。

自分の価値観を固定させすぎると人生はひたすら苦しくなる一方である。個人的にはそう思っています。

だから常に、己の価値観を疑ってかかるし、自分の考え方を変化させる心構えをもっています。あまり固執しないように、妙にこだわりすぎないように。そのように生きていきたいな、と常々思っています。難しいことだけれど。

他人は変えられないことを知っているので、自分自身を変えることだけを意識しています。

 

環境が変わっていくのに、一向に変わろうとしない。

もしも社会がそうであるならば、それはおおいに不自然な姿である。僕はそう感じながら今の社会を見ています。

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