2021/08/23
直感で生きる
テーマ:中今を生きる
最近出版した本にも書いたけど、
僕たちは人生において「三つの時間の使い方」をすることができる。
1:過去に時間を使う
2:未来に時間を使う
3:現在に時間を使う
中今を生きることは、当然、
「3:現在に時間を使うこと」を意味する。
具体的にそれはどういう生き方なのだろう?
これは他の時間の使い方と対比して考えてみると分かりやすい。
1:過去に時間を使う
→
これは過去の出来事を振り返り、
”あの頃はよかったなぁ”とか、
”あの時にああすればよかったなぁ”などと、
思い出を巡ることに時間を使うことをいう。
感情でいえば「恐怖」。
過去に時間を使っている人は、実は、
恐怖を感じることに多くの時間を費やしている。
なぜなら過去の出来事を振り返るのは、
その出来事に後悔の気持ちが残っているがゆえの行動だからだ。
不思議なもので、僕たちは、
満足した出来事を振り返ることはあまりないのに、
悔いが残っている出来事はやたらと振り返ってアレコレ考えてしまう。
楽しい思い出よりも嫌な思い出の方が鮮明に記憶に残っているもの。
それはその思い出に「後悔」の気持ちが張り付いているからだ。
だから他の思い出に比べて記憶に残りやすく、
ゆえに思い出しやすい出来事となっている。
そして一連の振り返り行動によって湧き上がる感情、それが「恐怖」だ。
”もう二度と同じ思いはしたくない”
その気持ちが強い恐怖心につながる。
だから過去に時間を使うことは、
すなわち恐怖を感じることに時間を使っていることになるのだ。
2:未来に時間を使う
→
これは未来の出来事を想像し、
”もしもこうなったらどうしよう”とか、
”こうならないためにこうしよう”などと、
将来を予測することに時間を使うことをいう。
感情でいえば「不安」。
未来に時間を使っている人は、実は、
不安を感じることに多くの時間を費やしている。
なぜなら将来の予測をするのは、
現状の人生に満足がいっていないがゆえの行動だからだ。
もしも人生に満足をしているのならば、
将来のことをアレコレと考える必要はない。
今ある最高の人生をそのまま継続していけばいいはずだ。
そこに不満があるからこそ、
どうにかしたいと将来を予測する必要性が生じる。
その結果、まだ起こってもいない出来事に一喜一憂することになる。
それら一連の予測行動によって湧き上がるのは、強い「不安」の感情だ。
3:現在に時間を使う
→
これは今起こっている出来事だけに注力し、
”こうしたいからこうしよう”とか、
”こう思うからこうしよう”などと、
目の前の問題を解決することに時間を使うことをいう。
これは特定の感情というよりも、
自分の「直感」を頼りにする生き方だ。
悪くいえば浅はかな考えとか、
短絡的な生き方などと周りから言われるかもしれない。
反射神経で対処するが如く、
ひたすら自分の直感を頼りに生きていく。
僕たちは失敗したくないがゆえに、
過去を分析し、未来を予測しようとする。
その行動によってたくさんの失敗を未然に防ぐことができているだろう。
たしかに頭で考えて導き出す行動は、合理的でムダがない。
きっと苦労することも少なくなるだろう。
ただ、合理的な選択肢をし続けていると、
そのうちに自分の感性が死んでしまう。
”こう生きたいんだ”という、
自分が本来もっていたはずの気持ちが消えていく。
『物質世界に生まれてきた目的』が、
理性によってどんどんボヤかされていく・・
僕たちの魂は、自分がどんな生き方をしたいのかわかっている。
それは多くの場合、
合理的ではないし、ムダだと思われるようなものかもしれない。
それでも自分の『直感』はわかっている。
これが自分の経験したいことなのだ、と。
中今を生きるとは、そのような自分の直感に従った生き方だ。
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