2020/10/19

社会でなく人に貢献する

 

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テーマ:生活

 

”僕たちは、一人一人が社会に貢献する責任を有している”

その倫理観は誰もが何となくもっているはずだ。
(日本人であれば)

けど、他人からそんなふうに言われると、
なんだか知らないが無性に腹が立ってくる。

「偉そうに言ってんじゃねえよ」

自分だけちょっと上のステージにいる、
みたいな態度が妙に癪に障るからだろう。

ただ、イラつく原因はそれだけはないような気がする。

それはきっと、”貢献する対象”が、
ボヤけていてよく分からないからではないだろうか。

つまりはこういうことだ。

 

『”社会”って、一体誰のこと?』

 

貢献を果たすべきその相手がハッキリしないがために、
僕たちの心はモヤモヤしてしまうのではないだろうか。

だって、そうだろう。

命を削って一生懸命に頑張れるかどうかは、
相手の笑顔が自分の頭に浮かぶかどうかだから・・

 

 

人が集まって社会が組織されている。

社会とは「人」だ。

これは、会社も同様だと思う。

一人一人が集まって会社組織が形成されているので、
会社とはつまり人なのではないかと個人的には思っている。

よくドラマなどで、
「お前、ちゃんと会社に貢献しろよ」
などと上司に言われて反抗的な態度をとる社員の描写がある。

それはきっと、”自分にとっての会社”が誰なのかが、明確ではないからだろう。

貢献を果たすべき相手の顔が浮かばないというのは、
極端な話、命を捧げるべき相手が分からないようなもの。

情熱が湧かないのも当然といえる。

そう、僕たちが貢献するべき相手は、人なのだ。

「社会に貢献する」「会社に貢献する」
そんなカッコつけた言葉を並べ立てているから気持ちがついてこないのだ。

貢献を果たすべき相手は人、
目の前で助けを求めている人、
他人のサポートを必要としている人、
そして、自分の才能を必要としている人・・

その対象者の顔が明確に頭に浮かんだ時、
僕たちは自分の『存在意義』を確信することができる。

 

 

社会における一人一人の役割は、
あらかじめ決められた枠が用意されているわけではない。

けれど人に貢献することができるなら、
その行動は社会における自分の役割を果たしているといえるのではないだろうか。

手段や方法なんて、別に、何だっていいだろう。

他のみんなが歩む道と同じである必要もないはずだ。

 

そう、僕たちが貢献を果たすべき相手は、社会や会社ではなく『人』なのだ。

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