苦労などする必要はない

 

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”若い頃の苦労は買ってでもしろ”

そんな言葉をあなたも聞いたことがあると思う。

この言葉は、
「若者に前向きな忍耐力を身につけさせる」
という意味においては非常に有意義なものだと思う。

とかく「我慢」とか「辛抱」という言葉は、
その響きだけでも面倒そうな印象を与えてしまうから。

辛いこともあえて自ら率先して行う、
そんな攻めの姿勢が血気盛んな若い頃の自分にも合っていた気がする。

けれどもこの言葉は、もはや今の時代には適さない。

なぜなら、別に苦労などしなくても、幸福になることができるからだ。

 

 

僕たち日本人は諸外国の人に比べて真面目で勤勉らしい。

対人関係においても誠実な人が多く、
決められたルールにもきっちりと従う国民性をもつ。

それらははるか昔からこの国に根付いている「儒教精神」のおかげらしい。

社会生活における道徳や人間としての在り方など、
内戦の絶えない中国を見事に統制した孔子の教えは、
今日においてもこの国の人々の精神に深く根付いている。

ちなみに儒教精神が国民性にもっとも強く反映されているのは韓国らしい。

韓国では「年功序列」が絶対的なルールとなっていて、
年上の人に言われたことはクロでもシロだと思えという風潮がある。

だからサラリーマンが会社の飲み会の誘いを断ることはあり得ないとされている。

今の日本からすればパワハラだとしか思えないような理不尽な説教も然りだ。

・・そう、この「耐える」という儒教精神が、
僕たちの人生を困難な方向に向かわせている気がしてならない。

それが『幸福への道』であると潜在的に思わされていやしないだろうか?

その証拠に、僕たち日本人はやたらと努力をすることが好きだ。

努力をすることが後の自分の人生の繁栄につながると考えている。

もっといってしまえば、
努力した人間は報われるべきであるという価値観をもっている。

それらが僕たちを、自ら「苦労する道」へ向かわせている気がしてならないのだ。

 

 

おそらく儒教精神は、過去の時代には適していたのだろう。

快適な生活を送るための指針を示すことにより、
農耕中心の原始的な生活を営んでいた国民全体の秩序が保たれたのだと思う。

けれども、もはやそんな時代ではない。

今は完全なる個人の時代だ。

一人一人が、それぞれの『幸福への道』を追求していく時代。

だからたった一つの道徳や倫理観で人々を幸福に導こうなんて土台無理な話なのだ。

秩序なんて、もはや無いに等しいだろう。

そんな過去の遺物にいつまでもしがみついていても仕方がない。

今は僕たち一人一人が、自分で自分を幸せにする時代なのだ。

 

そう、そのためには、「苦労」なんてする必要がない。

自分が幸福を感じられる道に向かってただ真っ直ぐに突き進めばいいだけなのだ。

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