逆らう人生はひたすらに苦しい

 

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今年度世界一の富豪で知られるイーロン・マスク氏が、「アスペルガー症候群」であることをメディアで公表した。という記事を見つけました。

これは私見ですが、おそらくこの公表は、マスク氏にとってなんらデメリットのないことなのだろうと思います。

アスペルガー症候群は今や世間的にも広く認知されていて、その対象者が極端に奇人扱いされることもなくなってきている模様です。むしろその逆で、何かしら天才的な才能を秘めた稀有な存在。という見方をされることも珍しくないらしい。”サイコパス”という表現が、ある場面では天才というニュアンスで使われているような、そんな風潮があるように感じます。

そのために氏のような成功者が「私はアルペルガーなんですよ」と発言しても、世間の人からは”やっぱり何かを成し遂げる天才はどこかズレてるんだ”などと見られ、むしろその存在感が際立つこととなり、病気の公表はプラスの方に働くのではなかろうか、と想像します。

「オレって、ちょっと頭おかしいからね」

そういう”他人とはちょっと違う”発言は、往々にして人から「天才ぶるんじゃねえよ」と思われる可能性が高い。実際、本人もそのつもりで言っているのかもしれませんね。

ただ自分の経験から言えば、その苦しみは並大抵のものではありませんでした。

いや、もうすでに終わった話ではなく、現在進行形で苦しみはずっと続いています。

もしも自分のこのような発言を「天才ぶっている」と読む人に思われたならば、それはもう仕方がないことだと思っています。じゃあ、これだけ苦しんできたんだから自慢くらいしようかな。と開き直ってやる所存です。

前置きが少し長くなりました。

何が言いたいのかというと、誰もが自分の得意なことを活かせる生き方ができたらいいのにな。という話です。

僕は、ある意味では恵まれていたと思います。なぜなら、自分にはできないことがあまりにも多かったからです。

自分にとって、会社員として働くことは兎角苦しいことでした。いや、誰にとっても苦しいものだとは思います。けれどもおそらく、多くの人にとっての苦しみと、自分が対峙していた苦しみは、少し種類が違うのではないかと思います。

誰もが当たり前にできることが、僕にはまったくできませんでした。

業務自体は普通にこなせる社員だったと思います。それなのに、人と一緒に業務を進めるとなると、途端に足手まといになってしまう。こいつがいると他の社員が迷惑する。とんだトラブルメーカー。誰も一緒には働きたがらない。そんな存在と化していました。

組織では協調性の高い社員が重宝されるため、そこに着いていけない人間はひたすら異分子扱いされてしまう。どれだけ仕事をこなそうが、結局のところ使えない奴という評価が下されてしまう。そのことを身をもって体感しました。

ある年齢までは、その欠点を克服しなければいけないと思っていましたが、抗い続けて生きてきた結果、ある時こう思いました。

「自分の得意なことに目を向けた方がいいのでは?」

欠点を克服するために費やす努力と、自分の得意を伸ばすためにかける情熱を考えたら、どう考えても後者の方が良い結果を生むだろうと思いました。そしてその方がもっと社会に貢献できる人間になれるだろう、と。

それから自己分析を行い、自分を客観的に見つめ、ひたすら自分自身と向き合い続けたところ、自分は数多の情報を整理整頓するのが得意であることに気がつきました。その延長線上に作家という仕事があった、という感じです。

 

 

もしも人生に分岐点があるとするならば、あの瞬間が間違いなくそうであっただろうと思います。

”自分は普通の人と同じようにはできない人間なんだ”

その事実を受け入れた、まさにあの瞬間こそが、一つの大きな分岐点であったに違いないと思っています。

 

不思議なもので、受け入れたその瞬間から、目の前の景色は一変しました。

「もう逆らう必要はないんだ」そう思ったその瞬間から、努力する必要が全くなくなったからです。

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